大人からDTMを始める時の進め方

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
大人になってからDTMを始める人の条件は、1つだけはっきりしています。1日に使える時間が短く、しかも日によって変わることです。仕事から帰って、家のことを済ませて、残るのは20分か30分。この前提を無視して「まとまった時間ができたら本気でやる」と考えると、その日は来ないまま、道具だけが古くなります。
だから大人の始め方は、才能や年齢ではなく、時間から設計します。1日に触れる時間を先に決め、その時間で回る道具を今あるもので揃え、1か月後にどこまで行けば順調なのかを先に知っておく。そして、大人がいちばん落ちやすい2つの穴、機材から入ることと理論から入ることを避ける。扱うのはそれだけです。毎日の練習メニューの中身は、別の記事に任せます。
先に決めること
先に決めるのは「平日に触れる時間」です。道具も到達点も、そこから決めます。
- 先に決めること:平日1日に触れる時間を、疲れた日でも守れる数字で1つ決める(例:20分)
- 迷ったらこれ:今のパソコンと、手元のイヤホンかヘッドホンで始める。買い足しは録音したくなった日まで待つ
- 最初の1か月の到達点は、4小節が鳴って保存され、書き出した音源がスマホに入っていること
- 挫折の典型は、機材を揃えてから始めようとすることと、理論を理解してから始めようとすること
大人の設計は「時間」から逆算する
長い時間を待たず、短い時間で回る形を先に作ります。
大人がDTMで止まる理由を、才能や年齢に求める人は多いです。けれど、レッスンで大人の生徒を見ていると、止まる理由はもっと手前にあります。始める時に「時間がある日」を前提にしていることです。週末に3時間、と決めて始めた人は、週末に用事が入った時点で1週間空きます。2週間空くと、前回どこまでやったかを忘れます。3週間空くと、DAWの開き方から思い出す必要が出て、そこで終わります。
逆に、平日の20分を前提にした人は、週末が潰れても止まりません。20分は、音を1つ直す、コードを1つ置く、書き出して聞く、のどれか1つが終わる長さです。1つしかできない代わりに、1つは必ず進みます。
だから最初に決めるのは、DAWでもキーボードでもなく、平日に何分触れるかです。理想の数字ではなく、疲れて帰った日でも守れる数字にします。20分と決めたら、20分で終わる作業しか予定に入れません。30分かかりそうな作業は、2日に分けます。
DTMは、ソフトを持っていれば自動的に曲ができるものではなく、楽器と同じで、触る時間で慣れていきます。1日5分でも、DAWを開いて昨日の続きを聞くことは練習になります。この考え方は、時間の短い大人にこそ向いています。長く座れる日を待つより、短くても毎日開く。大人の設計は、この一点を軸に組みます。
時間を先に決めると、道具の選び方も、1か月の目標も、自動的に決まります。20分の人が、設定に1時間かかる機材を買う理由はありません。20分の人が、1か月で1曲を仕上げる計画を立てる理由もありません。以下は全部、この「20分」から逆算した話です。
道具は今あるもので。買い足さない
買う前に「今のパソコンで動くか」を確かめます。それ以外は録音する日まで待ちます。
大人には、若い頃になかった武器が1つあります。お金です。そして、この武器がいちばん危ない。始める前に一式揃えられてしまうので、揃えることが目的になり、揃え終わった時点で満足して、DAWを開かなくなります。
制作の現場での判断はこうです。機材を増やす前に、音が鳴る、録音できる、再生できる、保存できる状態を作る。最初から高価なプラグインを揃える必要はない。買い物より、制作が止まらない状態を先に作ります。
最初に必要なのは、パソコン、DAW、音を聞くもの、の3つだけです。パソコンは今あるものを使います。ただし、ここが最初の壁でもあります。DTMを始められない理由として、才能や知識より先に「DTMを動かせるパソコンを持っているか」が来ることが多いからです。動画やネット用に買ったパソコンだと、DAWを入れても動かない、止まる、で最初の日につまずきます。だから買う前に、今のパソコンにDAWを入れて、音が鳴るかを確かめます。動けば買い足しはゼロ。動かなければ、買う対象はパソコンであって、キーボードやマイクではありません。
DAWは、無料版か体験版から始めます。講師はCubaseを使いますが、最初の1か月は無料のものでも作業は同じです。音を聞くものは、手元のイヤホンかヘッドホンで足ります。スピーカーは、部屋の響きまで気にする段階になってからで間に合います。
買い足したくなるのは、MIDIキーボード、オーディオインターフェース、マイクの3つです。判断の軸は「今すぐ録音するか」です。打ち込みだけなら、オーディオインターフェースは必須ではありません。歌やギターを録るなら必要性が上がります。つまり、録音したくなった日が、買う日です。その日は、1か月目には来ないことが多いです。
1つだけ補足があります。歌やギターを録る予定がはっきりあって、どのみちオーディオインターフェースを買うなら、先に買うほうが得なことがあります。DAWが一緒に付いてくる製品が多いからです。録音の予定がない人は、この話は忘れて構いません。
買い足しの判断表
欲しくなる順に並べています。「買う合図」が来るまで待ちます。
| 欲しくなる物 | 今なくて困るか | 買う合図 |
|---|---|---|
| MIDIキーボード | 困らない。マウスで置ける | マウスで置く速さに不満が出た時。鼻歌を録って写す手もある |
| オーディオインターフェース | 打ち込みだけなら困らない | 歌かギターを録る日が決まった時 |
| マイク | 困らない | オーディオインターフェースを買った後 |
| 有料の音源・プラグイン | 困らない。付属音源で1曲作れる | 付属音源で1曲書き出した後 |
| モニタースピーカー | 困らない。ヘッドホンで足りる | 書き出した曲を人に渡す段階 |
| 新しいパソコン | DAWが動かないなら困る | 今のパソコンでDAWが起動しない、音が途切れる時 |
最初の1か月の到達点
1曲ではありません。4小節が鳴って、保存され、書き出した音源がスマホにあることです。
大人が始めて1か月で目指す場所を、先に低く決めておきます。1曲ではありません。4小節が鳴って、保存されていて、書き出した音源が自分のスマホに入っている。ここまでです。
低すぎると感じるかもしれません。でも、平日20分で回している人がこの状態に着くには、順番に越えるものがあります。DAWが起動して音が鳴る。コードを4つ置いて鳴る。ドラムを乗せて鳴る。保存して、翌日に開いて、同じ音が鳴る。書き出して、スマホに送って、通勤中に聞く。どれも1回20分の作業で、全部で10回前後の「開く日」が要ります。1か月の平日は20日ほどなので、半分開ければ着く計算です。
到達点をここに置く理由は、最初の目的が、理論や機能を全部覚えることではなく、自分のパソコンから曲っぽい音が鳴る体験を作ることだからです。短いコード、簡単なドラム、鼻歌だけでもいい。この体験が1回あると、2か月目の設計が自分で立てられます。体験がないまま知識だけ増えると、2か月目に開く理由がなくなります。
順調かどうかの目印は、時間ではなく「開いた日の数」で見ます。1か月で10日開けていれば順調です。5日なら、20分という設定が長すぎたのかもしれません。10分に下げます。0日なら、パソコンが動かないか、DAWの入れ方で止まっているかのどちらかで、どちらも才能の問題ではありません。
4小節の先、たとえば8小節にする、メロディを乗せる、といった中身は、ここでは決めません。1か月目の到達点に着いた人は、次に何が足りないかを自分の耳で言えるようになっています。「4小節はできたが、次が同じ繰り返しになる」なら、それ専用の記事があります。
挫折の典型は2つ。機材から入る、理論から入る
どちらも「準備が終わってから始める」型です。準備は終わりません。
大人がDTMをやめる時、理由はたいてい2つのどちらかです。機材から入るか、理論から入るか。共通しているのは、「準備が整ってから始めよう」としていることです。準備は、始めないと何が必要か分からないので、終わりません。
機材から入る人は、始める前に比較を始めます。DAWの比較、キーボードの比較、インターフェースの比較。比較は楽しく、時間も使えて、進んでいる気になります。けれど、1か月後に手元にあるのは、開いたことのないDAWと、繋いだことのないキーボードです。安いオールインワンのセットを買って、良い機材を知ると結局使わなくなる、という話も現場ではよく聞きます。長く続けるなら必要なものを単品で選ぶほうが無駄は少ないのですが、それは「必要なものが分かってから」の話で、始める前に分かることではありません。
理論から入る人は、コードの本を最初のページから読み始めます。ところが、理論書はダイアトニックコードに行き着くまでの説明が長く、そこに着く前に1か月が終わります。制作の現場では、必要なのはダイアトニックコードと少しのノンダイアトニックだけで、それで曲は成立する、と判断します。手前の説明は飛ばしてよい。理論の理解が浅くても、短いコードを鳴らして判断できます。最初から正解を探すより、鳴らした音を聞いて進めるほうが曲になります。
どちらの型も、抜け方は同じです。「始めてから足りないものを足す」に順番を入れ替えます。機材は、録音したくなってから。理論は、コードを鳴らして「なぜこれが気持ちいいのか」を知りたくなってから。大人は段取りが得意なので、準備を先にやりたくなります。その得意を、準備ではなく「20分で終わる作業を毎日1つ決めること」に使ってください。
もう1つ、大人特有の罠があります。SNSで見かける同年代の上手な人と比べることです。その人が何年触っているかは見えません。比べる相手は、先週の自分にします。先週は音が出なかった、今週は4小節が鳴った。それで十分に進んでいます。
今日やること
1つだけです。今のパソコンにDAWを入れて、音が鳴るかを確かめます。
買い物はしません。比較の検索もしません。今のパソコンに、無料のDAWか体験版を1つ入れて、起動して、何でもいいので音を1つ鳴らします。付属の音源で、画面の鍵盤をクリックして音が出れば終わりです。
音が出たら、その日はそこで閉じて構いません。20分の枠を使い切る必要はありません。「今のパソコンで動く」が分かった時点で、買い足しゼロで始められることが確定します。
音が出なかったら、それが最初に直す1つです。出力先の設定か、パソコンの力不足か。ここで初めて、何を足すべきかが分かります。時間を決め、道具を決め、1か月の到達点を決めたら、その先の順番は制作工程マップに1枚でまとめています。
よくある疑問
大人から始めるのに、まず何を買えばいいですか
何も買いません。今のパソコンに無料のDAWか体験版を入れて、音が鳴るかを先に確かめます。動けば買い足しはゼロで始められます。買い足しは、歌やギターを録音したくなった日まで待ちます。
平日は20分も取れません。それでも進みますか
進みます。1日5分でも、DAWを開いて昨日の続きを聞けば練習になります。長さより「開いた日の数」で見てください。20分が守れないなら、10分に下げて、10分で終わる作業だけを予定に入れます。
最初の1か月で、どこまでできれば順調ですか
4小節が鳴って、保存されていて、書き出した音源が自分のスマホに入っていれば順調です。1曲は目標にしません。1か月で10日ほどDAWを開けていれば、この到達点には着きます。
音楽理論を先に勉強したほうがいいですか
先に鳴らします。理論書はダイアトニックコードに着くまでの説明が長く、そこで1か月が終わります。必要なのはダイアトニックと少しのノンダイアトニックだけで、手前は飛ばして構いません。鳴らして気持ちいい理由を知りたくなってから読みます。
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