曲が完成しない時の進め方

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
作りかけのプロジェクトばかり増えて、1曲も最後まで届いたことがない。DAWを開く回数は多いのに、いつも同じあたりで止まって、気づくと新しい曲を始めている。
この状態は、努力不足でも向き不向きの問題でもありません。止まり方には共通のパターンがあり、進め方を変えれば抜けられます。
先にやることは一つです。作り始める前に、完成形の小さいゴールを決める。
今日は8小節、次は90秒のワンコーラス、その先にフルコーラス。この階段を決めてから作ると、作業に「終わり」が生まれます。順番に見ていきます。
先に見ること
曲が完成しないのは、終わりを判定できない作業を続けているからです。
- 原因は4つ。ゴールの尺が未定、冒頭8小節の磨きすぎ、音色探し、完璧主義
- 処方は、8小節→90秒ワンコーラス→フルコーラスの小さいゴールと締切
- 音色は仮でいい。最後まで置いてから差し替える
- 未完成でも書き出す。書き出した音源が「その日の完成」になる
完成しない原因は4つに分かれる
頑張り方ではなく、止まり方を見ます。
曲が完成しない人のプロジェクトフォルダを見ると、面白いくらい似たものが並んでいます。
かっこいい8小節のループ。イントロだけの曲。音色だけ豪華な4小節。どれも部分としては悪くないのに、1曲になっていません。
止まり方を分けると、原因はだいたい4つに絞れます。
1つ目は、完成形の尺を決めずに作り始めること。2つ目は、冒頭の8小節を延々と磨き続けること。3つ目は、音色探しに時間が消えること。4つ目は、ほぼ形になっているのに書き出せない完璧主義です。
4つに共通するのは、どれも「作業はしているのに、曲が前へ進まない」形で現れることです。
手は動いているので、本人には頑張っている実感があります。だからこそ、完成しない理由が自分では見えにくくなります。
最近止まった曲を1つ思い出しながら、どの止まり方に当てはまるかを確認してください。原因が特定できれば、処方はそれぞれ決まっています。
原因1 ゴールの尺を決めていない
終わりを判定できない作業は、終わりません。
一番多い原因です。今日の作業がどこまで進んだら「できた」と言えるのか。これが決まっていないと、作業の終わりを判定できません。
判定できない作業は、満足するまで続くのではなく、疲れるまで続きます。そして疲れて閉じたプロジェクトは、次に開いた時も終わりが見えないままです。
レッスンでは「0から10が見えない1、2、3はやらない」という言い方をします。完成形の10が見えていない状態で、細部の1、2、3を積み上げても、作業量は増えるのに曲は進みにくい、という意味です。
ドラムの音を差し替える、コードを1つ変える。それが全体のどこを良くするのか、10が見えていなければ判定のしようがありません。
処方はシンプルで、作り始める前に尺を宣言することです。今日は8小節なのか、90秒のワンコーラスなのか、フルコーラスなのか。口に出しても、メモに書いても構いません。
ゴールを8小節と決めたなら、8小節目まで音が置かれた時点で今日は完成です。出来の良し悪しは別の話で、まず「終わったと判定できる状態」を作ります。
完成しない人に足りないのは技術より、この判定基準であることがほとんどです。
原因2 冒頭8小節を延々と磨く
位置が決まっていないループは、磨いても正解が出ません。
イントロやAメロらしき8小節だけを何十回も再生して、ドラムを差し替え、コードを変え、また最初から聞き直す。気づけば2時間経っているのに、曲は1小節も伸びていない。
ループは作れるのに1曲にならない人は、ほぼ例外なくここで止まっています。
ここで効くのが、曲が完成しない時は、8小節が全体のどこに置かれるかを先に決める、という判断です。
今磨いているループはAメロなのか、サビなのか。位置が決まっていないループは、比べる相手がいないので、どこまで磨いても「これで良い」という正解が出ません。
位置を決めたら、前後に1場面ずつ仮の枠を置きます。サビだと決めたなら、手前にAメロの枠、後ろに間奏の枠。中身は空でも、コード1つだけでも構いません。
全体の地図の中に今のループが置かれると、磨く作業に初めて終わりができます。
それでも磨きたくなったら、位置を基準に判断してください。
この完成度はサビとして必要なのか。Aメロなら、むしろ音数を減らすべきではないか。単体のかっこよさではなく、場面の役割で判断すると、手が止まらなくなります。
原因3 音色探しの沼
音色の正解は、曲の流れの中にしかありません。
シンセのプリセットを次々に試して、気づけば1時間。楽しい時間ですが、曲は進んでいません。
音色探しが沼になるのは、意思が弱いからではなく、判定基準がない状態で選んでいるからです。前後の流れがないと、どの音も「単体ではかっこいい」ように聞こえて、選び終われません。
処方は、仮音色で最後まで置くことです。ピアノでも、付属のシンセでも、標準のドラムキットでも構いません。
今すぐ鳴る音で、決めた尺の最後まで音を並べます。音色の差し替えは、全部並んだ後にまとめてやります。
順番を逆にする理由ははっきりしています。単体で豪華な音が、曲の中で合うとは限らないからです。
逆に、流れが先にあれば、この場面には太い音が要る、ここは引っ込んだ音でいい、という基準で選べます。先に曲を作った方が、結果的に音色選びも速く終わります。
また、作業を始める前に、使いそうなドラム、ベース、鍵盤の音源を先に立ち上げておくのも有効です。作りたい気持ちが高い時間を、音源の読み込みと検索で消費せずに済みます。
原因4 完璧主義で書き出せない
直せる場所は、永遠になくなりません。
4つ目は、曲がほぼ形になっているのに止まるパターンです。
まだ人に聞かせられる状態じゃない。ここのつなぎが気になる。そう言って書き出しを先延ばしにして、細部の修正に戻る。9割できた曲が、この段階で何か月も寝ています。
前提を1つ変えてください。完成とは、直す場所がなくなった状態のことではありません。商業音楽の制作では、締切が完成を決めます。
締切の日に納品したものが完成であって、直せる場所は納品後も永遠に残ります。プロの曲でさえそうです。
だから処方は締切です。今週の日曜にワンコーラスを書き出す、のように、日付と尺をセットで決めます。
締切があると「間に合わせるために、どこを諦めるか」という判断が生まれます。この取捨選択こそが、曲を完成に向かわせる判断そのものです。
未完成のまま書き出すことに、ためらいは要りません。書き出した音源は下書きであって、最終提出物ではありません。下書きを外に出せる人だけが、清書までたどり着きます。
止まり方と処方の対応表
自分の止まり方の行から直します。
| 止まり方 | 本当の原因 | 最初の処方 |
|---|---|---|
| 何を作ればいいか分からず、開いて閉じる | 完成形の尺が未定 | 今日のゴールを8小節と宣言してから開く |
| 冒頭だけ何十回も聞き直している | ループの位置が未定 | Aメロかサビか決めて、前後に1場面ずつ枠を置く |
| プリセットを試すだけで時間が終わる | 流れより先に音色を決めようとしている | 仮音色のまま最後まで音を置く |
| 9割できたのに何か月も寝かせている | 完璧主義。締切がない | 日付と尺を決めて、その日に書き出す |
| 途中で飽きて新しい曲を始めてしまう | ゴールが遠すぎて達成感がない | ワンコーラスまで仮完成させてから離れる |
処方 小さいゴールの階段と締切
8小節、90秒、フルコーラスの3段で登ります。
4つの原因への処方は、結局1つの型にまとまります。先に完成形の小さいゴールを決めて、階段状に上げていくことです。段は3つあります。
第1段は8小節です。位置を決めた8小節を、仮音色でいいので最後まで置きます。
ここでの目的は出来栄えではなく、「決めた尺を終わらせる」経験そのものです。1日で届く距離なので、達成感が翌日につながります。
第2段は90秒のワンコーラスです。イントロ、Aメロ、Bメロ、サビの流れが一度通る長さで、入口、展開、盛り上がり、終わり方を小さく確認できます。
注意したいのは、90秒は最終ゴールではなく通過点だということです。ここで満足して止まると、また「ループは作れるのに曲にならない」状態に戻ります。
第3段がフルコーラスです。90秒で確認した流れに、2番と間奏を足して広げます。全部を新しく作る必要はなく、1番の素材を少し変えて使い回せば届きます。
そして各段に締切を付けます。今日中に8小節、今週末に90秒、今月中にフルコーラス。
期限は自分の生活に合わせて構いませんが、「日付のないゴール」はゴールとして機能しないことだけは覚えておいてください。
未完成でも書き出す
書き出した音源が、その日の完成です。
各段の終わりには、必ず書き出しまでやります。WAVでもMP3でも構いません。プロジェクトを保存して閉じるのと、音源として書き出すのとでは、意味がまったく違います。
DTMは1人で完結しやすい制作方法です。DAWの画面の中だけで聞いていると、波形やピアノロールを目で追いながら聞くことになり、判断がだんだん固まってきます。
書き出した音源をスマホやイヤホンで、画面を見ずに聞くと、直すべき場所が驚くほど素直に1つに絞れます。
もう1つ大事なのは、書き出した音源が増えていくこと自体が、完成の練習になることです。
プロジェクトファイルは何年経っても「作りかけ」ですが、書き出した音源は、その日の自分が出した答えです。フォルダに音源が並んでいくと、完成させる感覚が体に残ります。
余裕があれば、誰か1人に聞いてもらってください。うまい感想は要りません。「サビどこ?」の一言だけでも、自分では見えなかった課題が1つ手に入ります。
完成経験が次の曲を速くする
1曲目の完成度より、完成させた回数が効きます。
粗くてもいいから1曲を最後まで通すと、2曲目からは明らかに速くなります。理由は3つあります。
1つ目は、全体の地図を一度歩いたことです。0から10までの道を一度でも通った人は、今日の作業が全体のどこに当たるのかを常に把握できます。1、2、3の細部で迷子になる時間が、まず減ります。
2つ目は、「この場面はこの完成度で十分」という判定基準が手に入ることです。
完成させたことがないうちは、すべての場面を100点にしようとして止まります。一度通すと、Aメロは7割でいい、力を入れるのはサビだけ、という配分が感覚として分かります。
3つ目は、使い回せる資産が残ることです。トラック構成のテンプレート、音色の組み合わせ、うまくいった8小節の展開パターン。2曲目は、ゼロからではなく、この資産の上から始められます。
だから、最初の1曲の完成度は低くて構いません。完成させた回数が、そのまま制作の速さになります。
今日のゴールを8小節に決めて、DAWを開いてください。8小節の先、音出しからフルコーラス完成までの道のりを1枚で見たい人は、下の制作工程マップをどうぞ。
よくある疑問
8小節のループから先に進めません
そのループがAメロなのかサビなのかを先に決めてください。位置が決まったら、前後に1場面ずつ空の枠を置きます。全体の中の位置が見えると、磨く作業に終わりができて、次に作る場面も決まります。
90秒のワンコーラスで完成にしてもいいですか
90秒は最終ゴールではなく、フルコーラスへ広げる前に入口、展開、盛り上がり、終わり方を確認する通過点です。ただし練習の区切りとして書き出す価値は十分にあります。書き出してから次へ広げてください。
ミックスが下手だから完成しないのでしょうか
構成が最後まで並んでいない段階では、ミックスを直しても完成には近づきません。仮の音量バランスのまま、まず決めた尺の最後まで音を置くことを優先してください。ミックスの調整は全部並んだ後で十分です。
飽きた曲は捨ててもいいですか
捨てる前に、今ある素材だけでワンコーラスまで仮に並べて書き出しておくことをおすすめします。完成の練習が1回増えますし、書き出した音源とプロジェクトは次の曲の素材として使い回せます。
完成の基準は何ですか
直す場所がなくなった状態ではなく、先に決めた尺が最後まで再生でき、書き出した音源が手元にある状態です。締切の日に書き出したものを、その曲の完成として扱ってください。
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