DTMプロジェクトのバックアップ方法

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
「ちゃんと保存していたのに、開いたら歌が鳴らない」「別のパソコンに移したら音が抜けていた」。DTMのデータ事故は、保存を忘れた人より、保存はしていた人に起きます。保存とバックアップが別の作業だと知らないまま、保存だけで守れていると思い込むからです。
ここでは、その2つの違いから始めて、別名保存で版を残す運用、録音したオーディオファイルの置き場所、別のパソコンやクラウドへ移した時に壊れる原因までを、順に整理します。特別なソフトは使いません。DAWとパソコンの標準の機能だけで組める形です。
先に押さえること
保存は「今の状態を記録する」、バックアップは「別の場所と別の時点を残す」作業です。
- 保存だけでは、パソコンの故障と上書きの失敗から守れない
- 節目ごとに、日付と用途を付けた別名で保存して版を残す
- 録音したオーディオファイルは、曲ごとのフォルダにまとめる
- 別のパソコンへ移して壊れる原因は、素材の置き場所と音源の有無
「保存」と「バックアップ」は別の作業
保存は同じファイルを上書きする作業で、消える原因からは守れません。
DAWの「保存」は、今開いているプロジェクトの状態を、同じ場所の同じファイルに上書きして記録する作業です。作業した内容が消えないように残す、という意味では正しく守れています。
ただ、保存が守ってくれるのは「閉じる前の作業内容」だけです。保存先のパソコンが壊れれば、保存したファイルごと消えます。うっかり4小節を消して保存すれば、消した状態が記録されます。プロジェクトが何かの理由で開けなくなれば、保存していても中身には触れません。
バックアップは、この3つに備える作業です。中身は2つあります。ひとつは別の場所に同じものを持つこと。パソコン本体と一緒に壊れない場所に、複製を置きます。もうひとつは別の時点を残すこと。昨日の状態、先週の状態を、上書きせずに残しておきます。
保存は毎回の作業で何度もやる操作、バックアップは節目に1回やる操作です。この2つを同じものだと思っていると、「保存したから大丈夫」で止まります。保存は前提で、その上にバックアップが乗る、という関係です。
多くのDAWにある自動保存の機能も、種類としては保存です。作業中に落ちた時の被害を減らしてはくれますが、置き場所を増やしてくれるわけではありません。自動保存を有効にした上で、別の場所と別の時点を自分で残します。
別名保存で版を残す
名前に日付と用途を入れると、1週間後の自分が迷いません。
別の時点を残す一番簡単な方法が、別名保存です。作業を大きく変える前に、上書きではなく新しい名前で保存します。元のファイルはその時点のまま残り、新しい名前のファイルで作業を続けます。
名前の付け方は、曲名、日付、用途の3つを並べます。たとえば「natsu_20260925_uta-rec」なら、曲名がnatsu、9月25日の版、歌を録った時点、と読めます。翌日アレンジを変えるなら「natsu_20260926_arr2」、ミックスに入ったら「natsu_20260930_mix1」です。
日付を入れる理由は、並べ替えるだけで新しい順になるからです。用途を入れる理由は、どの版を開けば何があるかを、中を開かずに判断できるからです。「歌を録り直したいから、録った直後の版を開こう」が、名前だけでできます。
避けたいのは「最新」「完成」「本当の最終」といった名前です。付けた日は分かっても、3日後には「最終」と「本当の最終」のどちらが新しいのか、名前からは読めません。
別名で保存するタイミングは、3つ決めておけば足ります。歌やギターを録る直前、アレンジを大きく作り替える直前、人に送る直前です。この3つの前に別名を切っておけば、失敗しても直前の版に戻れます。
プロジェクトファイルそのものは小さいので、版が10個並んでも容量の心配はいりません。減らしたくなったら、用途の同じ版のうち古いものから消せば済みます。
オーディオファイルの置き場所
プロジェクトファイルの中に、録音した音は入っていません。
バックアップで一番多い事故は、プロジェクトファイルだけを複製して、録音した音を複製し忘れることです。原因は、プロジェクトファイルの中身を誤解していることにあります。
プロジェクトファイル(Cubaseなら拡張子がcprのファイル)に入っているのは、どのトラックに何を置いたか、音量はいくつか、といった設計図です。打ち込んだMIDIはこの中に入ります。ところが、マイクで録った歌やギターは、設計図とは別のオーディオファイルとして保存され、プロジェクトはそれを「参照」しているだけです。
レッスンでも繰り返し伝えているのは、Cubaseのプロジェクトファイルだけを保存しても、録音した音声素材が一緒に残るとは限らない、という点です。だから曲ごとのフォルダを作り、その中にプロジェクトと素材をまとめる。バックアップの判断は、すべてこの一点から始まります。
DAWの初期設定のまま新規プロジェクトを作り続けると、録音した素材は決まった1か所に溜まっていきます。曲Aの歌も曲Bのギターも同じ場所にあるので、曲Aだけを持ち出そうとした時に、どのファイルが曲Aのものか分からなくなります。レッスンの現場でも、この状態でUSBに移して「オーディオファイルがありません」と出る例が、初心者の定番として挙がっています。
防ぎ方は、新しい曲を始める時に、先にフォルダを作ることです。年のフォルダの中に曲のフォルダを作り、プロジェクトの保存先にそのフォルダを指定してから作業を始めます。録音した素材は、そのフォルダの中に自動でまとまります。
外から読み込む素材にも注意が要ります。ダウンロードフォルダにあるサンプルをそのままトラックに置くと、プロジェクトはダウンロードフォルダを参照します。読み込む時に「プロジェクトフォルダにコピーする」を選ぶか、先に曲フォルダへ移してから読み込みます。
すでに素材が散らばっている曲は、DAWのプロジェクト整理やバックアップの機能で、参照している素材を1つのフォルダに集め直せます。散らばったまま複製しても穴が残るので、まとめてから複製します。
守るものと置き場所の一覧
何が・どこにあるかを知っていれば、複製し忘れはなくなります。
| 守るもの | 本来の置き場所 | 抜けた時の症状 |
|---|---|---|
| プロジェクトファイル | 曲フォルダの直下 | 曲そのものが開けない |
| 録音したオーディオファイル | 曲フォルダ内の音声用フォルダ | 歌やギターのトラックが無音になる |
| 外から読み込んだサンプル | 曲フォルダ内にコピーしたもの | そのトラックだけ鳴らない |
| 別名保存した各版 | 曲フォルダの直下に並べる | 前の状態に戻れない |
| 使った音源・プラグインの一覧 | 曲フォルダ内のメモ | 別のパソコンで何が足りないか分からない |
別のパソコンやクラウドへ移すと壊れる原因
壊れるのはプロジェクトではなく、参照先と音源の「有無」です。
家のパソコンで鳴っていた曲が、別のパソコンで開くと鳴らない。この時、プロジェクトが壊れていることはほとんどありません。原因は3つに絞れます。
1つ目は、素材を一緒に移していないことです。プロジェクトファイルだけをUSBに入れて持ち出すと、移した先には参照先のオーディオファイルがありません。前の節で書いた「曲フォルダにまとめる」ができていれば、フォルダごと移すだけで防げます。すでに起きてしまった時の直し方は、「オーディオファイルが見つかりません」の記事で扱っています。
2つ目は、音源やプラグインが移した先に入っていないことです。打ち込んだMIDIは「どの音を鳴らすか」の指示で、実際の音は、そのパソコンに入っている音源が作ります。有料の音源で作ったトラックは、同じ音源がない相手のパソコンでは鳴りません。制作の現場でも、別のパソコンに持ち出す前にプラグイン音源のトラックをオーディオ化しておく、という手順が挙がっています。書き出したオーディオをトラックに置き、元のトラックはミュートして残せば、相手の環境に何が入っていても同じ音で鳴ります。
3つ目は、クラウドの同期中に開くことです。クラウドの同期フォルダに曲フォルダを置くと、別の場所に複製ができるので、バックアップとして使えます。ただし、同期が終わる前に別のパソコンで開くと、素材が半分しか届いていない状態で読み込まれます。開く前に、同期の完了を確認してください。
クラウドにはもう1つ注意があります。同期フォルダの中で消したものは、クラウド側でも消えます。同期は「同じ状態にする」機能であって、「消えないようにする」機能ではありません。別の時点を残す役目は、同期ではなく別名保存が担います。
持ち出す前に、使った音源とプラグインの名前を1行ずつメモにして曲フォルダに入れておくと、相手のパソコンで何が足りないかをすぐ突き止められます。
作業の終わりに回す型
3つの動作を、作業を閉じる時の決まった順番にします。
ここまでを、1回の作業の終わりに回す形にまとめます。
- 曲フォルダの中にプロジェクトと素材がそろっているかを見る。外から読み込んだ素材があれば、フォルダ内にコピーする。
- 次に大きく変える予定があるなら、日付と用途を付けた別名で保存しておく。
- 節目の日は、曲フォルダごと外付けドライブかクラウドの同期フォルダに複製する。
毎回3つ全部やる必要はありません。1は毎回、2は変える前、3は歌を録った日やアレンジが進んだ日、と分けておけば、負担にならずに続きます。
順番を固定する理由は、判断を挟まないためです。「今日は複製するほどでもないか」と考え始めると、複製は減っていきます。節目の基準を「今これが消えたら泣くか」に置いて、泣くなら複製する。それだけです。
データが守られている状態ができると、実験が怖くなくなります。直前の版に戻れると分かっていれば、アレンジを大きく変える判断が軽くなります。守った上で何をどの順番で作っていくかは、制作工程マップに1枚でまとめています。
よくある疑問
こまめに保存していればバックアップは要りませんか
要ります。保存は同じファイルへの上書きなので、パソコンの故障、消してから保存した失敗、プロジェクトが開けなくなる事故からは守れません。別の場所と別の時点を残すのがバックアップです。
別名保存の名前はどう付ければいいですか
曲名、日付、用途の順に並べます。「natsu_20260925_uta-rec」のように付けると、並べ替えで新しい順になり、中を開かずにどの版か分かります。「最終」「最新」は避けてください。
プロジェクトファイルをコピーすれば録音も一緒に残りますか
残りません。録音した歌やギターは別のオーディオファイルで、プロジェクトはそれを参照しているだけです。曲ごとのフォルダにまとめて、フォルダごと複製してください。
別のパソコンで開くと一部の音が鳴りません
そのパソコンに同じ音源やプラグインが入っていないことがほとんどです。持ち出す前に、音源で作ったトラックをオーディオに書き出して置いておくと、環境が違っても同じ音で鳴ります。
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