DTMプロジェクトのバックアップ方法

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
何時間もかけて作った曲が、パソコンの故障やうっかりした操作で一瞬で消える。DTMでいちばん心が折れる事故ですが、これはほぼ防げます。
必要なのは、完成した曲を守る難しい技術ではなく、作りかけの今のうちに「同じデータを別の場所にもう一つ持っておく」という習慣だけです。
この記事は、初心者が最初に組んでおくべきバックアップの最小セットを、そろえる順番どおりに並べたものです。何を守るのか、どうやって複製を作るのか、どこに置いて二重にするのか。
特別なソフトは使わず、DAWとパソコンの標準機能だけで組める形にしています。
先に押さえること
バックアップは、同じデータを別の場所にもう一つ持つことです。
- プロジェクトと録音素材はセットで守る(片方だけでは曲が鳴らない)
- 上書きせず、日付やv1・v2を付けた別名で残す
- 不意の落ちに備えてDAWの自動保存も有効にする
- 外付けとクラウドに置いて、片方が消えても残す
バックアップは「もう一つの置き場所」
難しい仕組みではなく、複製を別の場所に持つだけです。
バックアップという言葉は身構えさせますが、中身はとても単純です。今あるデータと同じものを、もう一つ別の場所に置いておく。
それだけです。元のデータが消えたり壊れたりしても、複製が別の場所に生きていれば、そこから戻せます。
守るための難しい技術ではなく、置き場所を二つに増やす習慣だと考えると気が楽になります。
なぜ「別の場所」が要るのかというと、パソコンはいつか必ず壊れるからです。ドライブの寿命、水こぼし、盗難や紛失。
同じパソコンの中に複製を作っても、本体が壊れれば元も複製も一緒に消えます。だから複製は、本体と運命を共にしない場所に置くのが原則です。
ここを外すと、コピーを取っていたつもりでも守れていないことがあります。
初心者ほど、完成してからバックアップを考えがちですが、順番は逆です。消えて泣くのは、何時間もかけた作りかけのプロジェクトです。
だから、作り始めた最初の日から複製を持つ習慣を組みます。完璧な体制は要りません。
まずは、守るものを正しく選び、別名で残し、別の場所に置く。この三つを小さく回すところから始めます。
プロジェクトと素材はセットで守る
プロジェクトだけコピーすると、録音した音が抜け落ちます。
バックアップで最初につまずくのが、何をコピーすれば「全部」になるのか、という点です。
曲を保存するとできるプロジェクトファイル(Cubaseならcprという拡張子のファイル)は、どのトラックがあり、どの音をどこに置いたかを記録した設計図です。ソフト音源で打ち込んだパートはこの設計図の中で再現されますが、マイクで録音した歌やギターの音は、設計図とは別の音声ファイルとして保存されています。
ここに落とし穴があります。プロジェクトファイル一つだけをコピーして安心すると、録音した音声が付いてこず、複製を開いた時に歌やギターだけ鳴らない、ということが起きます。
設計図と素材は二人三脚で、片方だけでは曲になりません。制作の相談でも繰り返し伝えているのが、プロジェクトファイルだけを保存しても、録音した音声素材まで一緒に残るとは限らない、という点です。
だから、曲ごとにフォルダを一つ作り、その中にプロジェクトも素材もまとめて入れておきます。
曲ごとにフォルダがまとまっていれば、バックアップは驚くほど簡単になります。設計図も素材も同じ箱に入っているので、その箱をまるごとコピーすれば「全部」がそろいます。
逆にフォルダが分かれていると、毎回どのファイルを拾えばいいか迷い、拾い漏れが事故になります。バックアップを楽にする準備は、コピーの前の「曲ごとに一フォルダ」から始まっていると考えてください。
すでに素材があちこちに散らかっている曲は、多くのDAWに用意されているプロジェクトの整理・保存機能を使うと、参照している素材を集めて一つのフォルダにまとめ直せます。散らかった状態のままコピーしても穴が残るので、まとめてから複製を取ります。
別名保存で時間を巻き戻せるようにする
上書きをやめると、昨日の状態にいつでも戻れます。
もう一つのバックアップは、別の場所ではなく「別の時点」を残すやり方です。作業の区切りごとに、上書きではなく別名で保存します。
「natsu_0704_v1」を大きく作り替える日は、上書きせずに「natsu_0705_v2」として保存する。こうすると、一つの曲に対して過去のバージョンが並んで残ります。
これが効くのは、思い切ったアレンジ替えに失敗した時です。上書きしていると失敗した状態しか残りませんが、別名で残していれば一つ前のバージョンを開き直すだけで昨日の状態に戻れます。
戻れる保険があると、実験が怖くなくなり、曲の伸びしろも広がります。プロジェクトファイル自体は録音素材に比べてずっと小さいので、バージョンが十個あっても容量はほとんど気になりません。
名前の付け方は、曲名に日付とバージョン番号を足すのが迷いにくい形です。「最新」「完成」「本当の最終」といった名前は、付けた直後は分かっても、一週間後にはどれが新しいのか誰にも分からなくなります。
日付を入れておけば、並べ替えるだけで新しい順にそろいます。
手動の別名保存と合わせて、DAWの自動保存も有効にしておきます。多くのDAWには、一定の間隔で作業内容を自動的に控えとして保存する機能があり、Cubaseにも設定項目があります。
フリーズや強制終了でその日の作業が丸ごと消える事故は、この自動保存でかなり防げます。自動保存は不意の落ちへの備え、別名保存は意図した節目の記録、と役割を分けて両方を回すのが安全です。
何を・どこに・いつ残すか
守る対象ごとに、置き場所とタイミングを決めておきます。
| 守る対象 | 置き場所 | タイミング |
|---|---|---|
| 曲フォルダ(プロジェクト+素材) | 外付けドライブかクラウド | 歌を録った日・アレンジが一段落した日 |
| 作業中のプロジェクト | DAWの自動保存 | 作業中、一定間隔で自動 |
| 節目のバージョン | 曲フォルダ内に別名で | 大きく作り替える前 |
| 完成・仮ミックスのWAV | 曲フォルダの書き出し用フォルダ | 通しで書き出した都度 |
| 歌詞メモや参考曲リスト | 曲フォルダ内に一緒に | 思いついた時 |
外付けとクラウドで二重化する
複製が一つだと、その一つが壊れた時に打つ手がなくなります。
複製を置く先には、大きく分けて外付けドライブとクラウドストレージの二つがあります。外付けは、外付けのハードディスクやSSDに曲フォルダごとコピーする方法です。
容量が大きく、素材の重い曲を丸ごと預けても余裕があります。弱点は、これも機械なのでいつかは壊れること、持ち歩けば紛失や落下の危険があることです。
クラウドは、ネット上の保管サービスのフォルダに曲を置く方法です。パソコンが壊れても、火事や盗難で機械ごと失っても、ネット越しに取り戻せるのが強みです。
弱点は、無料枠だと容量が小さく、素材の重い曲では足りなくなりやすいこと、同期の設定を誤ると意図せず消えることがある点です。
それぞれに弱点があるので、余裕が出てきたら片方だけに頼らず両方に置きます。これが二重化です。
外付けが壊れてもクラウドに残り、クラウドの操作を誤っても外付けに残る。二つの置き場所が同時に失われる確率は、ぐっと下がります。
まずはどちらか一つから始め、慣れてきたらもう一方を足す、という順番で構いません。
コピーのタイミングは、毎日でなくて大丈夫です。歌を録り終えた日、アレンジが大きく前に進んだ日など、「今これが消えたら泣く」と思った日に、曲フォルダごと複製する。
この基準なら習慣として続けられます。
書き出したWAVも残す
音そのものの控えがあると、最悪でも曲は生き残ります。
バックアップというとプロジェクトの保存ばかり考えがちですが、書き出した音声そのものも残す価値があります。区切りごとに全体を2ミックスとしてWAVに書き出し、曲フォルダの中に取っておきます。
プロジェクトのバージョンと同じく、日付を付けておくと後で並べやすくなります。
この控えが効く場面は二つあります。一つは、DAWのバージョン変更やプラグインの不調でプロジェクトがうまく開けなくなった時です。
設計図が読めなくても、書き出したWAVがあれば、その時点の音そのものは手元に残ります。もう一つは、伸びを確かめたい時です。
先週のWAVと今日のWAVを聞き比べると、変わった点が耳で分かり、自分の成長や癖の記録になります。書き出した音は消さずに残しておくと、後から効いてきます。
圧縮したMP3ではなく、できればWAVで残しておくと、後で作り直しや再利用をする時に音の劣化を気にせず使えます。容量は素材より軽いので、節目ごとに残しても負担にはなりません。
今日から始める最小手順
完璧を目指さず、三つの動作を小さく回します。
ここまでを、今日から回せる最小の形にまとめます。
- まず、今作っている曲のファイルを一つのフォルダにまとめ、プロジェクトも録音素材も同じ箱に入れます。
- 次に、作業を切る時は上書きせず、日付を付けた別名で保存し、DAWの自動保存も有効にしておきます。
- 最後に、その曲フォルダを外付けかクラウドに一つコピーします。
この三つだけで、事故のほとんどは防げます。
大事なのは、最初から完璧な体制を組もうとしないことです。二重化も、書き出しの控えも、慣れてきてから足せば十分です。
まず「別名で残して、別の場所に一つ置く」という一往復を、今日の作業の終わりに一度やってみてください。一度やれば手順が体に入り、次からは数十秒で済みます。
保存の不安が消えると、制作は安心して前に進められます。データが守られている状態を作ったら、次は曲そのものを進める番です。
コードやドラムをどの順番で組み立てていくかは、下の制作工程マップに1枚でまとめています。
よくある疑問
プロジェクトファイルだけコピーすれば全部残りますか
残りません。プロジェクトファイルは設計図の情報だけで、録音した歌やギターの音は別のファイルとして保存されています。曲ごとのフォルダをまるごとコピーすると、設計図と素材がそろって残ります。
別名保存はどのくらいの頻度でやればいいですか
作業の区切りごとで十分です。上書きせず、日付やv1、v2をファイル名に付けて新しい名前で保存します。作業中の不意の落ちに備えて、DAWの自動保存も合わせて有効にしておきます。
バックアップはどこに置けば安心ですか
最低ラインは、パソコン本体とは別の場所に1つ置くことです。外付けドライブかクラウドのどちらかで構いません。片方が壊れても残るよう、余裕があれば外付けとクラウドの両方に置いて二重化します。
書き出したWAVも残す意味はありますか
あります。プロジェクトが開けなくなっても、書き出したWAVがあれば完成した音そのものは残ります。制作の記録として、後で聞き比べる時の教材にもなります。
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