オーディオ編集の基本

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
録音した歌やギターは、DAWの画面に波形というギザギザの絵で表示されます。オーディオ編集は、この波形を切ったり動かしたりして、録った音を曲に合う形へ整える作業です。覚える操作は、カット、移動、コピー、伸縮、フェードの5つだけです。
しかもDAWの編集は、元の録音ファイルを直接削りません。切りすぎても、いつでも元に戻せます。この仕組みを先に知っておくと、怖がらずに手を動かせます。5つの操作、波形の読み方、MIDI編集との違いを順番に見ていきます。
先に見ること
操作は5つ。そして失敗しても元に戻せます。
- 基本操作はカット・移動・コピー・伸縮・フェードの5つ
- 波形の山が大きい所は音が大きい所。見た目で切る場所を探せる
- MIDIは音符のデータ、オーディオは録った音そのもの。直せる範囲が違う
- DAWの編集は非破壊。元のファイルは残るので何度でもやり直せる
波形の読み方
波形は「音の大きさの変化」を絵にしたものです。
オーディオトラックに録音すると、横に長いギザギザの絵が現れます。これが波形です。
読み方は一つだけ覚えれば足ります。縦の山が大きい所は音が大きい所、線が平らに近い所はほぼ無音の所、です。
歌を録ると、言葉のかたまりごとに山ができて、息つぎの場所は平らになります。ドラムなら、1発ごとに細い縦の山が並びます。
つまり波形は、耳で聞かなくても「どこで音が始まり、どこで途切れるか」を目で確認できる地図です。
編集の前に、まず波形を横に拡大してみてください。歌い出しの手前にある小さなギザギザは、リップノイズや椅子のきしみかもしれません。
山の立ち上がりの位置は、音の頭がリズムに対して早いか遅いかを教えてくれます。切る場所、動かす場所を決める材料は、ほとんど波形の見た目から拾えます。
一つ紛らわしい点があります。波形の縦の大きさは「録音された時の音の大きさ」なので、ミキサーのフェーダーで音量を下げても波形の見た目は変わりません。
見た目と聞こえ方がずれて感じたら、波形は録った音、フェーダーは再生の音量、と切り分けて考えてください。
基本操作は5つ
カット、移動、コピー、伸縮、フェード。全部この組み合わせです。
カットは、はさみツールなどで波形を分割し、いらない部分を消す操作です。録音の前後の無音、咳、弾き直しのミス。
まずここを削るだけで、トラックは一気に聞きやすくなります。
移動は、切り分けた音のかたまり(イベントと呼びます)を前後にずらす操作です。歌い出しが少し遅れたら、イベントごと手前に動かせば直ります。
グリッドに吸着するスナップ機能をオンにすると小節の頭にぴったり置け、オフにすると細かい位置を微調整できます。
コピーは、うまくいった演奏を使い回す操作です。1回だけきれいに弾けた2小節をコピーして繰り返せば、8小節の伴奏になります。
伸縮はタイムストレッチとも呼ばれ、音の高さを変えずに長さだけを伸び縮みさせて、テンポの違う音を曲に合わせます。
フェードは音の端を滑らかに立ち上げ、または消していく処理で、切り口の「プチッ」というノイズを防ぎます。
5つの操作の使いどころ
何のために使うかと、つまずきやすい点を並べます。
| 操作 | 主な使いどころ | 注意する点 |
|---|---|---|
| カット | 前後の無音、咳、ミスの削除 | 切る位置は波形が平らな場所を選ぶ |
| 移動 | 遅れた歌い出しやリズムのずれ直し | スナップのオン・オフを確認してから動かす |
| コピー | うまく弾けた数小節の繰り返し | 全く同じ音が続きすぎると機械的に聞こえる |
| 伸縮 | テンポの違う録音や素材を曲に合わせる | 大きく変えるほど音がざらつく |
| フェード | 切り口のノイズ防止、音の出入りを滑らかに | 長くかけすぎると音の頭がぼやける |
MIDI編集とどう違うか
「録った音」を扱うか、「音符のデータ」を扱うかの違いです。
MIDI編集は、ピアノロールに並んだ音符のデータを書き換える作業です。音の高さ、長さ、強さ、さらには鳴らす音色まで、後からいくらでも変えられます。
ドの音をレに直すのも、ピアノをストリングスに差し替えるのも一瞬です。
オーディオ編集で扱うのは、録ってしまった音そのものです。切る、動かす、コピーする、伸ばす、フェードを付ける。
この範囲はとても自由ですが、「この1音だけ高さを変えたい」「歌の声質だけ変えたい」といった中身の作り替えは苦手です。写真に例えるなら、トリミングや並べ替えはできても、写っている人の表情は変えられない、という関係です。
だからこそ、録る段階の判断が編集より先に来ます。制作の現場で使われる判断メモに「録音で赤く割れた音は後から戻しにくい。大きく録ることより、割れずに残すことを優先する」というものがあります。
編集は多くの失敗を救えますが、割れた録音だけは救えません。編集の腕を上げるより、割れていない素材を残すほうが先です。
使い分けの目安はシンプルです。ピアノロールで打ち込んだパートはMIDIのまま音符を直し、歌やギターなど録ったパートはオーディオ編集で整える。
1つの曲の中に両方が混ざっているのが普通なので、どちらか一方を選ぶ必要はありません。
失敗しても戻れる仕組み
非破壊編集を知ると、編集が怖くなくなります。
DAWでのカットや移動は、非破壊編集と呼ばれる方式です。画面上で波形を切っても、パソコンに保存された元の録音ファイルは無傷のまま残っています。
DAWがやっているのは「元ファイルのどこからどこまでを再生するか」というメモの書き換えだけです。
この仕組みのおかげで、切りすぎたイベントは端をつまんで引き出せば、隠れていた部分がそのまま戻ってきます。
直前の操作なら取り消し(Ctrl+Z)でも戻れます。編集をためらう理由は、実はほとんどありません。
一方で、波形そのものを書き換えて保存する処理は破壊編集と呼ばれます。ノイズ除去やノーマライズといった処理を元ファイルに直接かける場合が該当します。
最近のDAWは処理前に複製を作ることが多いので過度に心配はいりませんが、「この処理は元に戻せるか」を実行前に一度だけ確認する癖を付けておくと安心です。迷ったら、トラックごと複製してから試せば確実です。
録った音で試す手順
1本の録音があれば、5つの操作を15分で全部試せます。
手元の録音を1トラック用意してください。歌でもギターでも、なければスマホで録った鼻歌をDAWに読み込むのでも構いません。
まず、演奏が始まる前と終わった後の無音をカットします。次に、音の頭が小節の頭に合うようにイベントを移動します。
続いて、うまくいった2小節を選んでコピーし、後ろに並べて繰り返しを作ります。テンポが合わない素材があれば、伸縮で曲のテンポに寄せてみてください。
最後に、トラックの一番後ろの端にフェードアウトを付けて、音が自然に消えるようにします。
ここまでで、5つの操作すべてに一度ずつ触れたことになります。オーディオ編集は、録音と曲作りの間をつなぐ工程です。
整えた音をどの順番で曲に組み上げていくかは、下の制作工程マップで全体像を確認できます。
よくある疑問
オーディオ編集とMIDI編集はどちらから覚えるべきですか
歌やギターを録音するならオーディオ編集、打ち込み中心ならMIDI編集からで大丈夫です。オーディオは録った音を切って整える作業、MIDIは音符のデータを書き換える作業なので、自分の作り方でよく触るほうから慣れていきます。
カットしすぎた音は元に戻せますか
戻せます。DAWのカットは元のファイルを削らない非破壊編集なので、イベントの端をつまんで引き出すと隠れていた部分が現れます。直前の操作なら取り消し(Ctrl+Z)でも戻れます。
波形のどこで切ればノイズが出ませんか
波形が平らに近い、音が鳴っていない場所で切るとノイズは出にくいです。音が鳴っている途中でどうしても切る時は、切り口に短いフェードを付けるとプチッという音を防げます。
伸縮させたら音が不自然になりました
タイムストレッチは元の長さから大きく変えるほど音がざらついたり揺れたりします。テンポの差が大きい場合は、近いテンポで録り直すか、テンポの近い素材に差し替えるほうが早いです。
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