クロスフェードの基本

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
録音を切り貼りすると、つなぎ目で「プチッ」というノイズが鳴ることがあります。クロスフェードは、2つの音の端を少しだけ重ね、前の音を小さくしながら次の音を大きくして、切れ目を耳に聞こえなくする編集です。
なぜノイズが出るのか、その仕組みが分かると、どこにかけるか、どのくらいの長さにするかで迷わなくなります。原因からかけ方、長さの使い分けまで順番に見ていきます。
先に見ること
重ねてつなぐ。それだけで切り貼りの跡が消えます。
- クロスフェードは、前の音のフェードアウトと次の音のフェードインを重ねる処理
- プチッというノイズの原因は、波形を途中で切った時にできる段差
- 短いクロスフェードは編集隠し、長いものは場面転換に使う
- 2つの音が重なっていないとかけられない。切る時に少し余裕を残す
クロスフェードとは何か
2つの音を「重ねながら」入れ替える編集です。
まず、フェードだけの状態を思い浮かべてください。
フェードアウトは音がだんだん小さくなって消えること、フェードインはだんだん大きくなって現れることです。どちらも1つの音の端に付ける処理です。
クロスフェードは、この2つを同時に行います。
前の音の終わりと次の音の始まりを少し重ね、重なった区間で、前の音をフェードアウトさせながら次の音をフェードインさせる。
DAWの画面では、重なり部分に2本の線がX字に交差して表示されます。クロス(交差)フェードという名前の通りです。
効果は単純で、2つの音の境目が「切り替わった」と気付かれずに入れ替わります。ラジオで曲と曲が滑らかに移り変わる、あの聞こえ方を、自分のトラックのつなぎ目に作れる機能だと考えてください。
使う場面は主に3つです。
- 録り直した部分を元の演奏と差し替えた境目
- 切り貼りで並べ替えたフレーズ同士の連結
- そして、BGMや曲同士を滑らかに移り変わらせる場面転換
前の2つは「編集の跡を消す」ため、最後の1つは「移り変わりを聞かせる」ためで、同じ機能を逆の目的で使います。
プチッというノイズが出る仕組み
原因は音の中身ではなく、切り口にできる「段差」です。
波形は、空気の揺れを線で描いたものです。音が鳴っている間、線は上下に揺れ続けています。
この揺れの途中、線が高い位置にある瞬間で波形を切ると、切り口で音が崖のようにぶつ切りになります。
スピーカーは波形の線の通りに動いています。線に段差があると、スピーカーは一瞬で位置を飛ばされ、その衝撃がプチッというクリックノイズとして聞こえます。
音の中身が悪いのではなく、切り方によって段差が生まれることが原因です。
だから、波形が平らに近い無音部分で切れば、段差ができずノイズも出ません。
問題は、伸びているギターの音やシンバルの余韻のように、鳴りっぱなしの場所を切りたい時です。どこで切っても段差ができてしまう。
ここでクロスフェードの出番です。段差をなだらかな坂に変えて音量を入れ替えるので、切り口そのものが消えます。
DAWでのかけ方
手順は「重ねる→選ぶ→実行」の3つです。
最初にやることは、2つのイベントを少し重ねることです。
クロスフェードは重なった区間を材料にして作られるので、イベント同士がぴったり隣り合っているだけ、あるいは離れている状態ではかけられません。イベントの端をつまんで伸ばし、重なりを作ります。
次に、重なった2つのイベントを両方選択して、クロスフェードを実行します。Cubaseなら2つを選んでXキーを押すだけです。
他のDAWでも、編集メニューや右クリックの中に同じ機能があります。重なり部分にX字の線が表示されたら成功です。
最後に、つなぎ目の前後だけをループ再生して確認します。多くのDAWでは、できたクロスフェードをダブルクリックすると長さやカーブの形を後から調整できます。
ここで一つ、先回りの習慣を紹介します。録音をカットする段階で、切り口の先に少しだけ演奏を残しておくことです。
この「切りしろ」があれば、後からいつでも重なりを作れます。ぎりぎりで切ってしまうと、重ねる材料がなくて困ります。
長さの使い分け
短いほど「隠す」、長いほど「聞かせる」つなぎになります。
| 長さの目安 | 聞こえ方 | 使いどころ |
|---|---|---|
| ごく短い(一瞬) | 切れ目が消えるだけで、変化には気付かない | 録り直し部分の差し替え、切り貼りの編集隠し |
| 短め(1拍未満) | 音の入れ替わりがわずかに滑らかに感じる | フレーズ同士の連結、余韻と次の音のつなぎ |
| 長い(数拍〜数秒) | 2つの音が混ざり合いながら移り変わる | BGMの曲間、イントロへの導入、場面転換 |
迷ったら、目的で選びます。
編集した事実を隠したいなら、聞いて分からないくらい短く。聞き手に「場面が変わった」と感じさせたいなら、混ざり合いをあえて聞かせる長さに。
同じ機能でも、長さによって役割がまったく違います。
失敗しやすいポイント
長すぎ、膨らみ、濁り。3つだけ覚えておきます。
一番多い失敗は、編集隠しのつもりで長くかけすぎることです。歌の切り貼りに長いクロスフェードをかけると、次の言葉の頭が前の音に埋もれて、発音がぼやけます。
レッスンで使う判断メモに「メロディは、どの拍から言葉や音が入るかで印象が変わる」というものがあります。つなぎ目の処理が音の入り方を変えてしまえば、それはもう編集ではなくアレンジの変更です。
隠したいだけなら、短く。これが原則です。
2つ目は、重なり部分で音量が膨らむことです。同じような音を2つ重ねると、真ん中で音が一瞬大きく聞こえることがあります。
多くのDAWはこれを防ぐカーブ(重なりの真ん中がへこんだ形)を最初から使っていますが、膨らみを感じたらカーブの形を変えて聞き比べてください。
3つ目は、響きの濁りです。長いクロスフェードでは2つの音が同時に鳴る時間ができます。
前後でコードが違う素材を長く重ねると、重なった区間でぶつかって濁ります。場面転換で長くつなぐ時は、和音の少ない場所同士を選ぶか、濁りが気になる手前まで長さを詰めます。
1本の録音で練習する
わざとノイズを出してから消すと、効果が一発で分かります。
録音済みのギターやピアノを1トラック用意します(なければ持っている音の伸びる素材で構いません)。まず、音が鳴っている途中で波形をカットし、後ろ半分を少しだけ前へ動かして、わざと不自然なつなぎ目を作ります。
再生すると、境目でプチッというノイズや不自然な途切れが聞こえるはずです。
次に、2つのイベントを少し重ねてクロスフェードをかけ、同じ場所を再生します。
ノイズが消えて、切った場所が分からなくなる。この「出す→消す」を一度体験すると、仕組みの説明が全部実感に変わります。
余裕があれば、クロスフェードの長さを一瞬、1拍、2小節と変えて聞き比べてください。
隠すつなぎと聞かせるつなぎの違いが耳で分かります。つなぎ目の処理は、録音した素材を1曲に組み上げていく工程の一部です。
曲全体をどの順番で仕上げるかは、下の制作工程マップにまとめています。
よくある疑問
フェードとクロスフェードは何が違いますか
フェードは1つの音の端だけを滑らかにする処理で、フェードインとフェードアウトがあります。クロスフェードは2つの音を重ねて、前の音のフェードアウトと次の音のフェードインを同時に行う処理です。
クロスフェードがかけられません
2つのイベントが同じトラック上で重なっているかを確認してください。重なりがゼロだとかけられないDAWが多いです。イベントの端をつまんで伸ばし、少し重ねてから実行します。
ノイズが出ていないつなぎ目にもかけるべきですか
必須ではありません。切り口ごとに機械的にかけるのではなく、再生して気になった場所にだけかければ十分です。無音部分で切ったつなぎ目は、そのままでも問題が出にくいです。
クロスフェードの長さはどのくらいが正解ですか
編集を隠す目的なら、変化が聞こえないくらい短くします。場面転換やBGMの曲間なら数秒かけても構いません。数値の正解を探すより、つなぎ目を再生して音の頭がぼやけていないかを耳で確認します。
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つなぎ目の処理を覚えたら、曲全体を組み立てる工程へ戻ります。