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古賀稔宏の作曲ノート作曲・編曲家のDTM制作ノート

コンプレッサーの基本

古賀稔宏のプロフィール写真

作曲・編曲家 古賀 稔宏

「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。

サビで声が急に飛び出すのに、静かなAメロでは歌詞が聞き取れない。フェーダーをどこに合わせても、曲のどこかで合わなくなる。

コンプレッサーの出番は、まさにこの場面です。

コンプレッサーは、ひとことで言えば音量差をならす装置です。

難しそうな4つのつまみも、「見張り係が大きい声の瞬間だけそっとおさえてくれる」という一つのイメージに置き換えると、数値を暗記しなくても耳で扱えるようになります。

先に見ること

コンプレッサーは、大きい音だけを自動でおさえて音量差をならす装置です。

  • スレッショルド=見張りライン、レシオ=おさえる強さ、アタック/リリース=おさえて離す速さ
  • 最初の練習台はボーカル。フェーダーで直せない「1本の中の凸凹」を直す
  • 成功の基準は、弱い歌詞が聞こえて、抑揚がまだ生きていること
  • のっぺり・息苦しく聞こえたら、かけすぎのサイン

何をする装置か

つぶす装置ではなく、差をならす装置です。

ライブハウスの音響スタッフを想像してください。歌い手がサビで思い切り張った瞬間、スタッフはフェーダーをすっと下げ、ささやくような場面ではそっと戻します。

この「大きくなった瞬間だけ下げる」手作業を、機械が自動でやってくれるのがコンプレッサーです。

なぜならす必要があるのでしょうか。人の歌は、張った声と弱い声とで音量差がとても大きい素材だからです。

オケに混ぜた時、張った所に合わせてフェーダーを決めると弱い歌詞が埋もれ、弱い所に合わせるとサビで飛び出します。

フェーダーは1本のトラック全体を上げ下げするだけなので、トラックの中にある凸凹までは直せません。そこを引き受けるのがコンプです。

誤解されやすいのですが、コンプレッサーは音を大きくする装置でも、迫力を出す魔法でもありません。やっているのは「大きい瞬間をおさえる」だけです。

ただし、山がおさえられた分だけ全体を持ち上げ直せるので、結果として小さい声が前に出てきます。埋もれていた歌詞が聞こえるようになるのは、この仕組みによるものです。

4つのつまみを比喩でつかむ

見張り係の動きに置き換えると、全部つながります。

コンプの画面には似たようなつまみが並んでいて、最初はどれから触ればいいのか分かりません。でも実際に覚えるべき役割は4つだけです。

先ほどの見張り係のイメージで、それぞれをつなげてみます。

スレッショルドは、見張り係が動き出すラインです。「この高さより大きい声が来たら仕事をする」という基準線で、天井ではなく、注意し始める高さと考えてください。

ラインを下げるほど多くの音がおさえられ、上げるほどコンプはほとんど働かなくなります。かけたのに何も変わらない時は、たいていこのラインまで音が届いていません。

レシオは、おさえる力の強さです。肩に軽く手を置く程度か、しっかり押さえ込むか。

強くするほど凸凹は平らになりますが、そのぶん歌の自然さが削られます。

アタックは、大きい音に気づいてからおさえるまでの速さです。反応が速い見張りは、言葉の頭の勢いごとおさえてしまいます。

少し遅らせると、出だしの勢いは通してから胴体だけをおさえられます。

リリースは、おさえた手を離す速さです。離すのが遅いと次の言葉までおさえたままになり、速すぎると音量が波打って聞こえます。

つまみ見張り係で言うと耳での判断基準
スレッショルド仕事を始めるライン張った声の時だけメーターが振れる高さを探す
レシオおさえる力の強さ凸凹が半分くらいに感じる強さから始める
アタック気づいてからおさえるまでの速さ言葉の頭の勢いが消えたら速すぎ
リリース手を離すまでの速さ音量が波打って聞こえたら合っていない

4つを同時に触ると、何が効いたのか分からなくなります。

最初はスレッショルドとレシオの2つで「どこから、どれくらいおさえるか」を決め、アタックとリリースは違和感が出た時にだけ触る、という順番が迷いにくいです。

まずボーカルの凸凹ならしから

最初の練習台には、歌がいちばん向いています。

コンプを初めて使うなら、ボーカルから始めるのがおすすめです。音量差が大きい素材なので効果が耳で分かりやすく、「歌詞が聞こえるか」という判断基準がはっきりしているからです。

ただし、順番があります。制作の現場では、EQやコンプを触る前にフェーダーで主役と支えを分ける、という判断を軸にしています。

全部を大きくするのではなく、主役以外を少し下げる。フェーダーでオケとの関係を先に決めておかないと、コンプで直すべき差がどれなのか判断できないからです。

フェーダーで土台ができたら、手順は3つです。

  1. まず、サビと静かな場面を続けて再生し、どれくらい凸凹があるかを耳で確認します。
  2. 次に、コンプを挿してスレッショルドを少しずつ下げ、張った声の時だけメーターが振れる位置を探します。
  3. 最後に、オケと一緒に再生して確認します。ソロで聞くと良し悪しを見誤るので、必ずオケの中で判断してください。

成功の基準は2つだけです。

  • 弱い歌詞まで全部聞き取れること。
  • そして、声の抑揚がまだ生きていること。

この2つが両立する範囲でいちばん浅いかかり方が、その曲でのちょうどいい量です。深くかけるほど安全になるわけではありません。

ボーカルで感覚がつかめたら、同じ骨組みはベースにも応用できます。弾く指の強さで音量がばらつくベースは、粒がそろうだけで曲の土台が安定します。

ただし判断基準は素材ごとに言い換えます。ベースなら「全部の音が同じ距離で並んでいるか」、ドラムをまとめた場合なら「バラバラだった太鼓に一体感が出たか」。

何をそろえたいのかを先に言葉にしてからかける癖をつけると、コンプレッサーはつまみの多い怖い道具ではなくなります。

かけすぎのサイン

壊れた音より先に、退屈な音になります。

コンプの失敗は、音が割れるような分かりやすい形では現れません。かけすぎた歌は、まず「のっぺり」します。

サビもAメロも同じ大きさで張り付き、盛り上がるはずの場面で感情が動かない。凸凹と一緒に、歌の表情までならしてしまった状態です。

もうひとつのサインが「息苦しさ」です。声の伸びが途中で押さえつけられ、歌い手が呼吸をしていないように聞こえます。

リリースが合っていないと、オケ全体がふわふわと波打つポンピングと呼ばれる症状も出ます。さらに、小さい音が相対的に持ち上がる仕組み上、ブレスやリップノイズ、部屋の環境音まで前に出てきたら、それもかけすぎの合図です。

厄介なのは、作業中の耳はこの変化に慣れてしまうことです。だから比較で見つけます。

コンプを一時的にバイパスして、前後を聞き比べる。この時、コンプ後の音量が上がっていると必ず良く聞こえてしまうので、同じ大きさに揃えてから比べるのがコツです。

素の歌のほうが生き生きしていたら、迷わず浅い設定に戻します。

コンプレッサーは、ミックスの中で音量バランスとEQの間に位置する工程です。1本のトラックの中の差はコンプ、トラック同士の差はフェーダー、と守備範囲を分けて考えると迷いません。

この工程が曲作り全体のどこに入るのかは、制作工程マップで一枚に整理しています。

よくある疑問

コンプレッサーとリミッターは何が違いますか

どちらも大きい音をおさえる仲間ですが、コンプレッサーは音量差をなだらかにならす道具、リミッターは決めた天井を絶対に越えさせない壁です。歌の抑揚を整えるのはコンプ、書き出し直前に瞬間的な飛び出しを止めるのはリミッターと、役割で使い分けます。

設定値に正解はありますか

素材と曲によって変わるので、数値の暗記は役に立ちません。かけた後にオケと一緒に再生して、弱い歌詞まで聞き取れるか、声の抑揚がまだ生きているか。この2つを耳で確認できれば、その設定はその曲の正解です。

どのトラックにかければいいですか

全トラックに挿す必要はありません。音量の凸凹で困っているトラックだけにかけます。最初はボーカル、次にベースが練習台に向いています。困っていないトラックへのコンプは、判断材料が増えるだけで得るものが少ないです。

かけたのに変化が分かりません

スレッショルドが高すぎて、音がラインまで届いていない可能性が高いです。ゲインリダクションメーターが振れているか確認してください。静かな場面ではコンプはほとんど働かないので、サビの張った声など、いちばん大きい場面で聞き比べます。

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コンプの前後で触ることになる、音量とミックスの記事です。

古賀稔宏のプロフィール写真

プロフィール

古賀 稔宏

ギター、ウクレレ、DTM(Cubase)、作曲技法、音楽理論を指導。14歳でギターを始め、同時に作曲も始める。ポップ、ロック、クラシックの要素を含む楽曲を得意とする。

商業音楽の制作・演奏に携わりながら、初心者が止まりやすい場所を制作工程に沿って整理している。