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古賀稔宏の作曲ノート作曲・編曲家のDTM制作ノート

EQの基本

古賀稔宏のプロフィール写真

作曲・編曲家 古賀 稔宏

「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。

打ち込んだトラックを重ねるほど、全体がもやっと曇っていく。歌だけ聞くと悪くないのに、オケに入れた途端に埋もれる。こういう時、EQの画面であちこちを持ち上げても、たいてい良くなりません。EQで最初に覚えることは「足す」ではなく「削る」だからです。

削る場所も、最初は3か所で足ります。いらない低域、こもりの帯域、耳に痛い帯域。この3つをこの順番で点検するだけで、初心者のミックスの濁りは大半が取れます。どこをどう削るか、削りすぎたらどう気づくかを、音を聞きながら進めます。

先に見ること

EQは「足す」前に「削る」。最初に触るのは3か所だけです。

  • 1か所目:低音楽器以外の、いらない低域をローカットで切る
  • 2か所目:もやっとしたこもりの帯域を少しだけ下げる
  • 3か所目:耳に刺さる帯域を、狭い幅で下げる
  • 削りすぎの目印は「軽い・細い・遠い」。オフと同じ音量で比べる

なぜ足す前に削るのか

濁りの正体は「足りない」ではなく「余っている」です。

EQ(イコライザー)は、音を高さの範囲ごとに分けて、その部分だけ音量を上げ下げする道具です。上げる操作をブースト、下げる操作をカットと呼びます。音の高さの範囲のことを帯域と言います。

初心者の曲が濁る理由は、ほとんどの場合「何かが足りない」ではありません。「役目のない音が余っている」です。

打ち込んだピアノにも、パッドにも、ギターにも、曲の中では誰も聞いていない低い成分が一緒に鳴っています。1本なら気になりません。8本、10本と重なると、低い帯域に用のない音が溜まって、キックとベースの場所を奪います。

ここを足す方向で直そうとすると、悪循環になります。歌が埋もれるから歌を上げる。今度はギターが聞こえないから上げる。混雑した帯域がさらに混雑して、全体の音量だけが膨らみ、濁りはそのまま残ります。

削る方向なら逆のことが起きます。役目のない成分を減らすと隙間ができ、主役は上げなくても前に出てきます。

もう1つ理由があります。カットの失敗は目立ちにくく、ブーストの失敗は目立ちます。持ち上げた帯域は、その音の癖まで一緒に大きくなるからです。

だからEQは、削ってから足す。足すのは最後、しかも少しだけ。この順番が、EQで失敗しないための土台です。

触る前に決めておく2つのこと

順番を守ると、EQで迷う回数が減ります。

1つ目は、フェーダーを先に決めておくことです。制作の現場では、EQやコンプを触る前に、フェーダーで主役と支えを分けておく、という順番を判断の軸にしています。全部を大きくするのではなく、主役以外を少し下げる。ここができていないと、EQで何を削っても足しても答えにたどり着きません。

歌が聞こえない原因が、帯域の問題ではなく、パッドのフェーダーが高いだけだった。こういうことは本当に多いです。EQを挿す前に、フェーダーで直せないかを一度疑ってください。

2つ目は、聞く順番です。ドラム、ベース、鍵盤やギター、上物、ボーカルと、低い音域から高い音域へ順に聞いていくとバランスが取りやすい。これもレッスンで使われている判断の順番です。

EQも同じ向きで見ます。低いほうから片づけていくと、最初に手をつける場所は自然と低域に決まり、次がその上のこもり、最後が高いほうの痛さ、という順番になります。

次の3か所は、この「下から上へ」に沿って並べてあります。

最初に触る3か所と順番

低いほうから順に、いらない音を減らしていきます。

1か所目:低域の整理

対象は、キックとベース以外のトラックです。歌、ギター、ピアノ、パッド、ストリングス。使う道具はローカット(ハイパスとも呼びます。決めた高さより低い音を切るフィルターです)。

やり方は、曲全体を鳴らしながら、ローカットの位置をいちばん低いところから少しずつ上げていきます。そのトラックの音が痩せ始めたと感じたら、そこから少しだけ戻す。それで終わりです。

これだけで、キックとベースが置かれる場所が空きます。低域がすっきりすると、この後の判断が全部楽になります。

キックとベースには、原則としてかけません。土台を切ると曲が軽くなります。

2か所目:こもりの帯域

症状は、布をかぶせたような、もやっとした響きです。単体で聞くとふくよかで心地よいので、気づきにくいのが厄介なところです。

場所は、低域のすぐ上、中域の下のほうです。ギターの胴鳴り、ピアノの左手寄り、歌の胸の響きが重なるあたりで、トラックが増えるほどここに音が溜まります。

探し方は、幅の狭いブーストを1つ作り、低いほうから高いほうへゆっくり動かすことです。もやが一番濃くなる場所で手を止め、そこを軽くカットします。ブーストは探すためだけで、最後は削る。この順番を守ってください。

量は控えめに。「変わったかどうか分かる」くらいから始めます。中域の団子がほぐれて、歌やスネアの芯が見えてきたら成功です。

3か所目:耳に痛い帯域

症状は、長く聞くと疲れる、キンとする、シャリつく、です。場所は中域の上から高域にかけて。ボーカルのサ行、シンバル、歪んだギターの上のほうがここにいます。

探し方は2か所目と同じで、狭いブーストを動かして、一番嫌な瞬間を探します。見つけたら、幅を狭くしたまま少しだけ下げます。広い幅で下げると、輝きごと消えてくすんでしまいます。

注意したいのは、痛さの原因が1本のトラックとは限らないことです。シンバルとギターの重なりで痛くなっていることもあります。ソロで探して、判断は全体で。

3か所を削ってもまだ主役の輪郭が足りない時に、初めてブーストの出番です。上げ幅は控えめに。足す前に削ってあると、足す量はずっと少なくて済みます。

削る前後を聞き比べる

文章で分かったつもりになる前に、耳で確かめます。

※ 以下の音は、説明のためにこのサイトで合成したものです。市販の音源でも、講師の演奏でもありません。素材は5つとも同じで、EQの設定だけを変えています。

「こもりが取れる」と文章で読んでも、耳で確かめないと身につきません。①を基準にして、②と③は何が減ったか、④と⑤は何が増えたかに注目して聞いてください。

① 原音処理なし

基準です。3か所を削るとそれぞれどう変わるか、ここに戻って比べてください。

音量をそろえた版:

② ローカット 80Hz実測 60Hzで −6.2dB/250Hz以上はほぼ変化なし

1か所目、低域の整理です。低いところだけが減って、全体が軽くなり、中身が見えやすくなります。ここでは説明のために全体へかけていますが、実際の曲ではキックとベース以外に使います。

音量をそろえた版:

③ 250Hz を −4dB実測 250Hzで −4.00dB(Q=1.2)

2か所目、こもりの帯域です。「なんとなく曇っている」がほどけて、コードの輪郭が見えてきます。減らしただけで良くなる。EQの基本形はこれです。

音量をそろえた版:

④ 3kHz を +3dB実測 3kHzで +3.00dB(Q=0.9)

こちらは足す方向です。輪郭が前に出ますが、この帯域は3か所目の「痛い帯域」と隣り合わせで、上げすぎるとすぐ刺さります。削る3か所が済んでから、仕上げに少しだけ使う操作です。

音量をそろえた版:

⑤ やり過ぎ実測 250Hzで −7.9dB + 3kHzで +8.0dB

③と④を深くしただけです。細くて刺さる音になりました。1つずつなら効いていた操作も、量を増やすと壊れます。次の「削りすぎの見分け方」の見本として聞いてください。

音量をそろえた版:

条件:このサイトで合成したドラム(キック・スネア・ハイハット)とコード。同じ2小節を、EQの設定だけ変えて書き出したものです。

4つのEQ設定の周波数特性を重ねたグラフ。80Hzのローカット、250Hzのくぼみ、3kHzの山、やり過ぎ版の大きな凹凸
②〜⑤で、周波数のどこをどれだけ動かしたかを重ねた図です。横軸が音の高さ、縦軸が増減。②と③は下向き、④は上向き、⑤は両方が深くなっています。

※ 各項目の「音量をそろえた版」は、平均の大きさ(RMS)をそろえたもので、配信で使うLUFSではありません。EQを動かすと音量も一緒に変わるので、そろえずに比べると、大きいほうを良い音だと感じてしまいます。良くなったのか、大きくなっただけなのかは、そろえた版で判断してください。

3か所の早見表

迷ったら、上から順にこの表で点検します。

順番場所症状の言葉使う操作やりすぎると
1低域(キック・ベース以外)重い、ぼわつく、低音が団子ローカットを下から少しずつ上げる軽くて薄い。土台が消える
2中域の下(こもり)もやっとする、布をかぶせたよう狭いブーストで探して、軽くカット芯がなくなり、遠くなる
3中域の上〜高域(痛さ)キンとする、サ行が刺さる、疲れる狭い幅で少しだけ下げるくすんで古い印象になる
仕上げ主役の輪郭埋もれる、ぼやける3か所の後に、少しだけブースト刺さる。そのトラックだけ浮く

削りすぎの見分け方

がんばった証拠が、音の痩せとして残ります。

削りすぎたトラックには、3つの症状が出ます。軽い、細い、遠いです。

軽いのは、低域を切りすぎたサインです。ピアノやギターが土台を失って、ペラッとした鳴り方になります。細いのは、こもりを取りすぎたサインで、輪郭は見えるのに体温がありません。遠いのは、痛い帯域を広く切りすぎたサインで、くすんで奥に引っ込みます。

単体で聞くと「すっきりした」と感じるので、自分では気づきにくいものです。判断は必ず曲全体を鳴らした状態で行ってください。

一番確実な方法は、EQを一度オフにして、原音と聞き比べることです。ただし落とし穴があります。削ると音量が下がるので、耳は原音のほうを「大きい、つまり良い」と感じます。上の聞き比べで音量をそろえた版を用意したのと同じ理由で、同じ大きさにそろえてから比べてください。

そろえて比べて、オフのほうが太くて自然なら、その設定は捨ててやり直します。もったいなく感じますが、2回目は1回目よりずっと速く終わります。

もう1つの目安は、EQの画面が谷だらけになっていることです。3か所に収まらず、あちこちを深く削っているなら、原因はEQではありません。音色選びか、トラックの重ねすぎです。EQは邪魔者を取り除く道具であって、音を作り変える道具ではないからです。

削って隙間を作る作業が、曲作り全体のどのタイミングで登場するのかは、制作工程マップで前後の工程ごと確認できます。

よくある疑問

EQは全部のトラックにかけるものですか

いいえ。困っている音だけで十分です。ローカットは低音楽器以外にほぼ共通で使いますが、こもりと痛さは、気になったトラックだけ探して削ります。困っていない音にEQを挿しても、判断する材料がありません。

ブーストは使ってはいけないのですか

禁止ではなく順番の話です。削る3か所が済んで、それでも主役の輪郭が足りない時に、少しだけ足します。先に削ってあると、足す量はずっと少なくて済み、刺さる失敗も減ります。

何Hzを削ればいいですか

数字から入らないでください。重い、もやっとする、キンとする、という症状の言葉を先に決め、狭いブーストを動かして場所を探し、見つけたら削ります。数字は見つけた後にメモすれば十分です。

削ったら音が軽くなりました。失敗ですか

ローカットを上げすぎたサインです。曲全体を鳴らしながら、痩せ始めた位置から少しだけ戻してください。キックやベースにかけていないかも確認します。土台の楽器は原則として切りません。

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3か所を削って見通しが良くなったら、フェーダーの順番と、同じ段階で使うコンプの出番を確認します。

古賀稔宏のプロフィール写真

プロフィール

古賀 稔宏

ギター、ウクレレ、DTM(Cubase)、作曲技法、音楽理論を指導。14歳でギターを始め、同時に作曲も始める。ポップ、ロック、クラシックの要素を含む楽曲を得意とする。

商業音楽の制作・演奏に携わりながら、初心者が止まりやすい場所を制作工程に沿って整理している。