ディレイの基本

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
山に向かって叫ぶと、少し遅れて自分の声が返ってきます。ディレイは、このやまびこをDAWの中で人工的に起こすエフェクトです。地味な名前に反して、ボーカルやギターの聞こえ方を一段変えてくれます。
リバーブと似た場面で使うのに、効果の質はまったくの別物です。この違いが分かると、「響かせたいのに歌詞が濁る」という場面の逃げ道が増えます。仕組み、テンポ同期、厚み付けの定番、フィードバックの注意点まで順に整理します。
先に見ること
ディレイは音を遅らせて返す、やまびこのエフェクトです。
- 返す間隔は音符(1/4や1/8)で指定してテンポに同期させる
- リバーブとの違いは、返る音の輪郭が残ること
- 定番はボーカルへ気づかれない量で足す厚み付け
- フィードバックの上げすぎは音が止まらなくなるので注意
音を遅らせて返す「やまびこ」
返る間隔も回数も、自分で決められます。
ディレイは、入ってきた音をいったん貯めて、指定した時間だけ遅らせてもう一度鳴らすエフェクトです。現象としてはやまびこと同じですが、山と違うのは、返るまでの間隔も、繰り返す回数も、返る音の大きさも、全部こちらで決められることです。
出番はリバーブと同じくミックスの工程で、かける対象の定番はボーカル、ギター、シンセのフレーズです。伸ばした声の後ろに小さな声がもう一度返るだけで、フレーズの余韻がぐっと音楽的になります。
使い方は2方向あります。
- ロックのギターソロのように、返しをはっきり聞かせて効果として使う方向。
- そして、かかっていると気づかせずに厚みだけ足す方向です。
派手なのは前者ですが、初心者が先に覚えて得をするのは後者です。
好きな曲のサビを注意して聞くと、声の後ろで小さなこだまが支えている例がいくつも見つかります。
リバーブとの違いは「輪郭が残る」こと
似た場面で使うのに、濁り方が違います。
リバーブは無数の反射が混ざった残響なので、足すと音の周りに霧のような広がりが生まれます。
ディレイが返すのは元の音のコピーです。遅れて返ってきても、言葉やフレーズの輪郭はそのまま残ります。
この差が効くのがボーカルです。奥行きを足したいのに、リバーブだと歌詞が濁ってしまう。
そんな時にリバーブを減らしてディレイへ置き換えると、余韻を保ったまま言葉が前に残ります。
霧を足すか、こだまを足すか。同じ「響かせる」でも中身が違うのです。
実際の曲では両方を薄く併用することも多いのですが、最初は片方ずつ聞いて、霧とこだまの質感の差を耳に入れておくと、場面ごとに選べるようになります。
もうひとつ実務的な差があります。
ディレイは返しが消えるタイミングを音符で管理できるので、音数の多い曲でも空間が飽和しにくいのです。オケが混んでいて残響を入れる隙間がない、という場面ほどディレイの出番が増えます。
テンポ同期の意味
秒数ではなく音符で返すから、曲に溶けます。
いちばん大事な設定が、返ってくるまでの時間(ディレイタイム)です。決め方は2通り。ミリ秒で直接指定する方法と、曲のテンポに同期させて音符で指定する方法です。
初心者は迷わずテンポ同期を選んでください。返しが曲の拍とぴったり重なり、やまびこがリズムの一部として溶け込みます。
同期させずに中途半端な間隔で返すと、拍からずれた音が鳴り続け、演奏が下手に聞こえる原因になります。
| 音符設定 | 返るタイミング | 聞こえ方の傾向 |
|---|---|---|
| 1/4 | 1拍あと | 余韻がゆったり歌う。バラードの伸ばした声に |
| 1/8 | 半拍あと | 細かく追いかける。テンポ感を保ったまま厚くなる |
| 付点8分 | 4分の3拍あと | 跳ねた独特のうねり。ギターやシンセの定番 |
どれが正解かは曲次第です。
同じフレーズで切り替えて、曲のノリに乗って聞こえるものを選びます。表の説明を暗記するより、切り替えた瞬間の表情の変化を一度聞くほうが確実に身につきます。
定番はボーカルの厚み付け
かかっていると気づかれない量が正解です。
初心者にすすめたい定番の使い方はこれです。
サビのボーカルに、1/8か1/4に同期させたディレイを、返しがやっと聞こえるかどうかの量で足します。単体では効果がほとんど分からないのに、オケの中では声の後ろに支えができて、サビが少し豪華に聞こえます。
ただし、手を出す順番には注意が要ります。
制作の現場では、処理を足す前にフェーダーで主役と支えを分けておくという判断が使われます。声が細いと感じた原因が音量バランスにあるなら、ディレイを足しても厚くはならず、にじむだけです。
バランスを先に取り、それでも足りない時の一手として使います。
量の耳基準はこうです。ディレイだけをオフにした時に、声がほんの少し痩せたと感じるくらい。
返しの「タ、タ」という音がはっきり聞こえているなら、厚み付けとしては多すぎます。
もうひとつの応用が、フレーズの切れ目だけに効かせる方法です。
歌が続いている間は返しを止めておき、サビ最後の伸ばした一言だけに送ると、余韻が次の展開への橋渡しになります。
常時かけるより言葉が濁らず、効果だけをおいしく使えます。DAWのオートメーションで送り量を書けるようになると、この使い方が自由にできます。
フィードバックの注意
上げすぎると、音が止まらなくなります。
フィードバックは、返した音をもう一度ディレイの入口へ戻す量を決めるつまみです。
0なら返しは1回きり。上げるほど、やまびこが2回、3回と繰り返されていきます。
このつまみには実害のある危険があります。100%やその近くまで上げると、返した音が減らないまま回り続け、止まらないどころかどんどん大きく育ちます。
ヘッドホン作業だと耳を痛める音量まで一気に達することがあるので、探る時は必ず控えめな音量で、少しずつ上げてください。
音楽的な範囲でいえば、繰り返しが2〜3回で自然に消えるあたりが扱いやすい設定です。
長く残すほど幻想的にはなりますが、返しが次のフレーズに重なって、歌詞やメロディを塗りつぶします。返しの尻尾がどの位置で消えているかを、曲を流しながら確認します。
あわせて見ておきたいのがローカット系の設定です。多くのディレイには、返しの低い成分を削るつまみが付いています。
低音のこだまはオケの土台と衝突しやすいので、返しは軽くしておくと繰り返しても濁りません。
耳を作る聞き比べ
リバーブと並べて聞くのが一番の近道です。
ボーカルか単音のシンセフレーズを用意し、DAW付属のディレイを挿します。
まずテンポ同期をオンにして1/4を選び、返しがはっきり聞こえる量で再生してください。こだまが拍に乗って返ってくる感覚をつかみます。
次に1/8、付点8分と切り替えて、フレーズの表情の変わり方を聞きます。そのあとフィードバックを少しずつ上げ、余韻が伸びていく様子と、上げすぎた時のうるささを、小さな音量で体験しておきます。
仕上げに、同じフレーズをディレイとリバーブで交互に処理して聞き比べます。
輪郭が残る響きと、霧のように広がる響き。
この差が耳に入れば、曲ごとにどちらを選ぶべきか自分で判断できるようになります。エフェクトを触る工程が曲作り全体のどこに来るのかは、制作工程マップで俯瞰できます。
よくある疑問
リバーブとディレイはどちらを先に覚えるべきですか
順番はどちらでも構いませんが、必ず両方の質感を聞き比べてください。霧のように広がるのがリバーブ、輪郭を保ったまま返るのがディレイです。歌詞を濁らせたくない場面ではディレイが逃げ道になります。
ディレイタイムはテンポ同期にしないとだめですか
基本は同期がおすすめです。返しが曲の拍に重なり、リズムに溶けるからです。あえて外して揺れた質感を作る手法もありますが、まず同期した状態の聞こえ方を耳に入れてからにします。
ボーカルにかけたのに厚くならず、にじんで聞こえます
返しの量が多すぎるか、そもそも声の細さがフェーダーの問題である可能性が高いです。先に音量バランスを整え、ディレイはオフにした時に少し痩せたと感じる程度まで薄くします。
フィードバックはどのくらいまで上げていいですか
繰り返しが2〜3回で自然に消える範囲が扱いやすい目安です。100%付近まで上げると音が減らずに回り続けて危険なので、探る時は必ず小さな音量で少しずつ上げてください。
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