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古賀稔宏の作曲ノート作曲・編曲家のDTM制作ノート

フェーダーの基本

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作曲・編曲家 古賀 稔宏

「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。

ミキサー画面にずらりと並ぶ縦のスライダー。あれがフェーダーです。

EQやコンプレッサーのような派手さはなく、できることは音量の上げ下げだけ。それなのに、ミックスで一番多く触ることになるのはこの地味な操作子です。

フェーダーには、知っているだけで扱いが変わる仕組みがいくつかあります。0dBという基準点の意味、目盛りの間隔が場所によって違う理由、そして初心者のほぼ全員が一度は経験する「全部が上がっていく」現象への対処。

道具そのものの話から始めます。

先に見ること

フェーダーは下げる方向で使う道具です。

  • フェーダーはトラックの音量を動かす操作子
  • 0dB=ユニティゲインは「そのまま通す」基準点
  • 触る前に主役を決め、上げる前に下げる音を探す
  • 上げ合いになったら全トラックをまとめて下げる

フェーダーという操作子

地味な道具ほど、触る回数は多くなります。

フェーダーは、ミキサーに並んでいる縦長のスライダーで、役割はそのトラックの音量を上げ下げすることです。語源は英語のfade(だんだん変わる)。

音を滑らかに大きくしたり小さくしたりするための操作子で、DTMではマウスのドラッグで動かします。

ミックスの土台は、実はフェーダーの位置決めだけでかなりの所まで作れます。エフェクトを何も挿さなくても、各トラックの高さの関係が合っていれば、曲はちゃんと聞こえます。

逆にフェーダーの関係が崩れていると、どんな高級プラグインを挿しても曲は整いません。一番地味な道具が、一番土台に近い道具です。

似た働きのツマミがDAWのあちこちにあるので、先に整理しておきます。音源プラグインの中にも音量ツマミがあり、トラックの入力ゲインもあります。

どれを回しても音は大きくなりますが、曲全体のバランスを取る場所はミキサーのフェーダーに一本化してください。調整箇所が散らばると、どこで音量が変わったのか、後から追えなくなります。

0dBとユニティゲイン

目盛りの形に、使い方のヒントが隠れています。

フェーダーの目盛りをよく見ると、一番上ではなく、上のほうに「0」と書かれた位置があります。これが0dBで、ユニティゲインとも呼ばれます。

ユニティは「1倍」の意味。入ってきた音を大きくも小さくもせず、そのまま通す位置です。

新しく作ったトラックのフェーダーは、この0dBに置かれています。

つまりフェーダーは、0dBを基準にして「ここからどれだけ増やすか、減らすか」を決める道具です。よく見るとプラス側は少ししか動かせないのに、マイナス側は大きく下げられる作りになっています。

これは、ミックスの調整が基本的に下げる方向で行われることを、道具の形が物語っているのだと考えてください。

目盛りにはもう1つ仕掛けがあります。0dB付近は目盛りの間隔が広く、下へ行くほど詰まっています。

つまりフェーダーは、0dB付近で一番細かく動かせる設計です。あるトラックをずっと最下部あたりで微調整しているなら、それは音源側の出力が大きすぎるサイン。

音源側の音量ツマミで下げて、フェーダーを扱いやすい高さに戻してあげます。

どのフェーダーから触るか

動かす前に、主役と支えを分けておきます。

フェーダーに手を伸ばす前に、決めておくことが1つあります。この曲の主役はどのトラックか、です。

ミックスでは、EQやコンプの前にフェーダーで主役と支えを分けておく。これはレッスンでも繰り返し伝えている判断軸で、主役が決まっていないままフェーダーを触ると、全部を目立たせようとして全部が埋もれます。

実際に動かすときは、基準になるトラックを1本決めて、他をそれに合わせていくと迷いません。どのトラックを基準にどう積んでいくかという具体的なレシピは、音量バランスの記事に譲るとして、ここでは操作の原則を1つだけ。

「聞こえないから上げる」の前に、「何がかぶって聞こえないのか」を探して、そちらを下げる。フェーダーさばきの質は、上げた回数ではなく下げた回数で決まります。

一度に動かす本数も絞ります。何本も同時に動かすと、どの操作が効いたのか分からなくなります。

1本動かしたら再生して確かめ、また1本。遠回りに見えて、まとめて動かして混乱するより早く目的地に着きます。

フェーダー戦争とは何か

全員を上げても、順位は1つも変わりません。

フェーダー戦争という言葉があります。ベースが聞こえないのでベースを上げる。

すると歌が埋もれるので歌を上げる。今度はドラムが弱く感じてドラムを上げる。

各トラックが交代で持ち上がっていき、気づいたときにはマスターのメーターが振り切れて音が歪んでいる。この上げ合いの悪循環のことです。

戦争が起きる理由は、耳の錯覚にあります。人の耳は、音量が上がっただけで「良くなった」と感じやすいのです。

だから上げる操作はいつでも正解に思えます。しかし、あるトラックを上げることは、残りの全トラックを相対的に下げることと同じです。

上げた音だけが一瞬目立ち、次の瞬間には別の音が「聞こえない」側に回る。全員を順番に上げ続ければ、力関係は変わらないまま、全体の音量だけが天井に到達します。

天井に達したミックスは、修正も難しくなります。上げる余白がもう残っていないため、どの調整も「他を下げる」しかなくなり、1本触るたびに釣り合いが崩れます。

フェーダー戦争は、戦い方を覚えるより、開戦させないのが一番です。

戦争の止め方は「全体を下げる」

比率を保ったまま、天井の余白だけを取り戻します。

すでに上げ合いが始まってしまったら、手当てはシンプルです。全トラックを選択して、同じ量だけまとめて下げます

多くのDAWでは、複数トラックを選んだ状態でフェーダーを動かすと、選んだ全部が一緒に動きます。せっかく作ったバランスの比率はそのままに、全体の高さだけが下がるので、マスターに余白が戻ります。

マスターフェーダー自体は0dBのまま動かさないのがコツです。

余白が戻ったら、ルールを1つ決めて再開します。上げたくなったら、代わりに下げられる音を探す。

歌が埋もれているなら、歌を上げるのではなく、歌に重なっているコード楽器を下げる。この向きの操作なら全体の音量は増えないので、戦争は再発しません。

それでも調整が袋小路に入ったら、休憩で耳をリセットしてから、市販の好きな曲を1曲だけ同じ環境で聞いてみてください。自分のミックスに戻った瞬間、どこが出すぎているかが不思議なほどはっきり分かります。

フェーダーは何度でもやり直せる道具です。下げることを損だと思わずに触ってください。

フェーダーの操作はミックス工程の入口にあたります。曲作り全体のどこでミックスに入るのかは、制作工程マップで確認できます。

症状別の対処早見表

「上げる」以外の選択肢を、症状ごとに持っておきます。

症状やりがちな操作フェーダーでの対処
主役が埋もれる主役を上げる主役に重なる伴奏を下げる
マスターが赤くなるマスターを下げる全トラックを選択して同量まとめて下げる
1本だけ大きく上げないと聞こえないそのまま上げ続ける周りのトラックの高さと音源側の出力を見直す
フェーダーが最下部付近で微調整になるそのまま我慢する音源側で音量を下げ、フェーダーを0dB寄りに戻す

よくある疑問

フェーダーとボリュームツマミは同じものですか

トラックの音を大きくしたり小さくしたりする点では同じ働きです。ミキサー画面の縦のスライダーをフェーダーと呼びます。音源やプラグイン側にも音量ツマミがありますが、バランス調整はフェーダーに集約すると迷いません。

フェーダーはどこまで上げていいですか

1本の上限より、全トラックを重ねた時にマスターが歪まないかで判断します。1本だけ大きく上げないと聞こえないなら、そのトラックを上げるより周りを下げるのが先です。

マスターフェーダーで音量を稼いでいいですか

マスターは基本0dBのままにします。上げて歪むなら各トラックを下げるのが正解で、全体の音量は各トラックの合計で管理します。

フェーダー戦争になってしまったら

上げ合いに気づいたら、全トラックを選択して同じ量だけまとめて下げます。バランスの比率はそのままに天井の余白が戻るので、そこからは主役以外を下げる向きで整え直します。

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プロフィール

古賀 稔宏

ギター、ウクレレ、DTM(Cubase)、作曲技法、音楽理論を指導。14歳でギターを始め、同時に作曲も始める。ポップ、ロック、クラシックの要素を含む楽曲を得意とする。

商業音楽の制作・演奏に携わりながら、初心者が止まりやすい場所を制作工程に沿って整理している。