インサートエフェクトの基本

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
DAWのミキサーには、エフェクトを挿す枠が縦に何段も並んでいます。ここに挿した処理を、音は上から下へ順に通過していきます。この、トラック専用の直列の通り道がインサートです。
たとえるなら、ギタリストの足元のエフェクターボードです。ギターからアンプまでの一本道に、歪みやコンプを順につないでいく。つなぐ順番で音が変わるところまで含めて、仕組みと基本の並べ方を整理します。
先に見ること
インサートは、そのトラック専用の直列処理です。
- 挿した瞬間から、トラックの音は丸ごとエフェクトを通る
- 置くのは音を作り替える処理(EQ・コンプ・歪みなど)
- 並べる基本形は補正系→ダイナミクス→空間系
- 同じ組み合わせでも、順番を入れ替えると結果が変わる
そのトラック専用の一本道
音を丸ごと通すから、音そのものが変わります。
インサートは、トラックの音の通り道にエフェクトを割り込ませるつなぎ方です。挿した瞬間から、そのトラックの音はすべてそのエフェクトを通ってから外へ出ます。
元の音と加工後の音を混ぜるのではなく、音そのものが加工後の状態に置き換わります。
ギタリストの足元を思い浮かべると分かりやすいはずです。ギターとアンプの間に歪みペダルをつなげば、アンプへ届くのはもう歪んだ音だけです。
DAWのインサート欄は、このペダルの直列つなぎを画面上で再現したものです。
そして大事なのは、効果がそのトラックだけに閉じていることです。ボーカルのインサートに挿したEQは、隣のギターには一切影響しません。
トラックごとに専用の加工台を持てる、と考えてください。
どのエフェクトをここに置くか
「音を作り替える処理」がインサートの担当です。
インサートに置く定番は、
- EQ(帯域の整理)
- コンプ(音量の凸凹を均す)
- 歪みやサチュレーション(質感付け)
- ノイズ除去などです。
共通点は、加工前の音を残す意味がなく、音そのものを直したい・作り替えたい処理だということです。
逆に、リバーブやディレイのような響き系は、複数のトラックで共有できるセンド・リターン方式に回すのが定番です。インサートに挿してはいけないわけではありませんが、1トラック限定の特殊な効果を狙う時以外は、共有のほうが管理も動作も軽く済みます。
この住み分けを覚えるだけで、「このエフェクトはどこに入れればいいのか」という迷いの大半は消えます。直すならインサート、響かせて共有するならセンド、です。
道具はDAW付属のもので始めて構いません。どのDAWにもEQとコンプは必ず入っていますし、仕組みと順番の理解が伴わないまま外部のエフェクトを買い足しても、選択肢が増えるぶん迷いも増えるだけです。
並べる順番の基本形
補正系→ダイナミクス→空間系、の流れで考えます。
インサートは直列なので、上に挿したものの出口が、下に挿したものの入口になります。だから並べる順番に基本形があります。
料理と同じで、泥を落としてから火にかけ、味を整えてから盛り付ける、という流れです。
| 段階 | 代表的なエフェクト | 役割 | 耳での確認 |
|---|---|---|---|
| 1. 補正系 | カットEQ、ノイズ除去 | 不要な成分を先に掃除する | こもりや雑音が減り、声や楽器が細っていないか |
| 2. ダイナミクス | コンプ | 音量の凸凹を均す | 小さい部分まで聞こえ、抑揚は生きているか |
| 3. 空間系・飾り | 短いディレイ、サチュレーション | 整った音に質感や広がりを足す | 切った時に少し物足りない程度に収まっているか |
これは絶対の規則ではなく出発点です。実際の制作では狙いに応じて入れ替えますが、白紙から迷うより、まずこの型で挿して聞きながら動かすほうが早く進めます。
順番で音が変わる、を体感する
同じ2つのエフェクトでも、結果は別物になります。
なぜ順番にこだわるのか。同じ組み合わせでも、並び順で結果が変わるからです。
分かりやすいのがEQとコンプです。こもりを削るEQをコンプの前に置けば、コンプは掃除済みの音だけを見て動きます。
逆にすると、コンプはこもった低い成分に強く反応してしまい、同じ設定でも動き方が変わります。
歪み系ならもっと劇的です。リバーブの後に歪みを置くと、響きごと歪んで荒れた質感になります。
歪みの後にリバーブなら、歪んだ音が普通の部屋で鳴っている音になります。どちらが正解ということではなく、別の音なのです。
確認の方法は単純です。インサート欄の2つを入れ替えて(多くのDAWはドラッグで動かせます)、同じフレーズを聞き比べるだけ。
理屈より先に「変わる」という事実を耳に入れておくと、順番を意識する習慣が自然につきます。
定番はボーカルの2段挿し
カットEQ→コンプ、が最初の型です。
インサートの練習として最初にやる価値があるのは、ボーカルトラックへの2段挿しです。1段目に、マイクが拾った低いこもりや雑味を削るEQ。
2段目に、声の大小を均すコンプ。この2つだけで、録ったままの声はオケに混ざりやすい状態へ大きく近づきます。
判断基準はどちらも耳です。EQは、削りすぎて声が細くなっていないか。
コンプは、小さい歌詞まで聞き取れるようになったか、そして声の抑揚がまだ生きているか。必ずオケと一緒に再生して確かめます。
ひとつ手前の条件もあります。制作の現場では、録音はまず割らないことを先に見る、という判断が使われます。
レベルが振り切れて歪んだ録音は、どれだけインサートを積んでも元へは戻せません。素材が割れていたら、エフェクトではなく録り直しで解決します。
よくある失敗は「積みすぎ」
段数が増えるほど、原因が追えなくなります。
インサートで多い失敗は、1つの悩みに対してエフェクトを次々に積み重ねることです。こもるからEQ、痩せたから別のEQ、迫力が欲しいからコンプをもう1台。
段数が増えるほど、どれが音を悪くしているのか特定できなくなります。
詰まったら、挿してあるものを上から1つずつオフにして聞きます。切ったほうが良く聞こえたエフェクトは外す。
目的を一言で説明できない段は、たいてい要りません。初心者のうちは3段以内を目安にすると、耳も管理も追いつきます。
もうひとつの落とし穴が音量の錯覚です。エフェクトを通すと音が少し大きくなることが多く、大きい音は無条件に良く聞こえます。
オンとオフを比べる時は、聞こえる大きさをそろえてから判断しないと、挿しただけで良くなった気がする罠にはまります。
今日の試し方
型で挿して、切って比べる。それで十分です。
ボーカルか、曲の中で目立つ楽器を1トラック選び、削るEQとコンプを基本の順番で挿してみてください。オケと一緒に再生して、オンとオフを同じ音量感で聞き比べ、何が良くなり何が変わらなかったかを一言ずつ言葉にします。
次に、その2つの順番を入れ替えて同じ確認をします。差が聞こえたら、曲に合うほうを残す。
違いが分からなければ、それも収穫です。今の設定では順番が問題になっていない、と分かったのですから。
インサートはミックスの中心になる道具です。ここがつかめたら、次は挿す中身であるEQやコンプを個別に深掘りしていけます。
ミックスという工程が曲作り全体のどの段階に来るのかは、制作工程マップで一望できます。
よくある疑問
インサートとセンドはどう使い分けますか
音そのものを直す・作り替える処理(EQ、コンプ、歪み)はインサート、複数トラックで共有したい響き(リバーブ、ディレイ)はセンドが基本です。この住み分けを覚えると置き場所で迷わなくなります。
エフェクトは何個まで挿していいですか
数の決まりはありませんが、目的を説明できる範囲に絞ります。初心者なら3段以内が目安です。それ以上積みたくなった時は、どれかが仕事をしていないか、素材側に問題がある可能性が高いです。
補正系→ダイナミクス→空間系の順番は必ず守るべきですか
絶対の規則ではなく出発点です。まずこの型で挿し、慣れてきたら順番を入れ替えて聞き比べ、曲に合うほうを選びます。狙いがあって崩すのは正しい使い方です。
エフェクトを挿しても音が変わった気がしません
エフェクト自体がバイパス(オフ)になっていないか、効き量がゼロに近くないかを確認します。その上でオンとオフを同じ音量感で聞き比べても差がなければ、そのトラックには今そのエフェクトが必要ないという判断もできます。
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インサートに挿す中身になる、EQやコンプを個別に深掘りできます。