ピッチベンドの基本

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
打ち込んだギターソロがどこか機械的。ボーカルの代わりに鳴らしたシンセリードが、正しい音を並べているのに歌っていない。
原因の1つは、音程がずっと階段状にしか動いていないことです。ピアノロールのノートは、半音刻みの段にしか置けません。
ピッチベンドは、その段差の間を埋めて、音程を滑らかに曲げるためのMIDIデータです。
ギターのチョーキング、ボーカルのしゃくり。人間の演奏に自然に混ざっている「ずり上げ・ずり下げ」を、打ち込みで再現する道具です。
先に押さえること
ピッチベンドは、鳴っている音の高さだけを坂道のように動かします。
- ノートは動かさず、音程のカーブを別レーンに描く
- チョーキングは音の途中で、しゃくりは音の頭で使う
- ベンドレンジ(最大何半音動くか)を音源側と合わせる
- 効かせるのは数カ所だけ。使ったら必ず0に戻す
音程を「坂道」で動かす仕組み
半音刻みの階段の、段と段の間を通るためのデータです。
ピアノの鍵盤には、ドとド#の間の音がありません。ピアノロールも同じで、ノートは半音単位の段にしか置けません。
ところが実際の演奏には、段と段の間を通る音がたくさんあります。
ギターは弦を押し上げて音程を連続的に変えられますし、歌は音と音の間をつないで滑らかに移動します。
ピッチベンドは、この「段の間」を通るためのデータです。ピアノロールの下のレーンに、中央を0とした上下のカーブとして描きます。
上へ描けば音程が上がり、下へ描けば下がる。ノートの位置は変えずに、鳴っている音の高さだけを曲げるのが特徴です。
MIDIキーボードの左端にあるホイールやスティックは、これを演奏中に手で操作するための装置です。
ホイールを動かしながら弾いた記録を後から編集してもいいですし、最初からマウスでカーブを描いても構いません。
最初に覚えるべき性質が1つあります。ピッチベンドはノート単位ではなく、トラック単位で効きます。
カーブを上げたまま放置すると、そのあとに続く音が全部上がったまま鳴ります。
曲げたら0に戻す。これがピッチベンドの約束です。
チョーキングとしゃくりの再現
同じカーブでも、置く場所で別の表現になります。
ギターのチョーキングは、弦を指で押し上げて音程を上げる奏法です。打ち込みで再現するには、目的の音の全音下にノートを置き、鳴らし始めてからカーブを持ち上げて目的の音程に到達させます。
上げ切るまでの速さが表情を決めます。ゆっくり上げれば粘る泣きに、素早く上げれば鋭いロックのフレーズになります。
ボーカルのしゃくりは、逆に音の頭で使います。目的より少し低い音程から声が入り、すぐ本来の高さへ上がる歌い方です。
ノートの頭にだけ、下から0へ戻る短い上りカーブを描くと、シンセリードが急に歌っぽくなります。カーブはごく短く、深さも半音以内で十分です。
フレーズの終わりで音程を落とすフォールも同じ要領です。ノートの最後に下向きのカーブを描くと、ギターやブラスが語尾を投げ捨てるような表現になります。
ダンス系のシンセでは、もっと大胆に落として効果音的に使うこともあります。
ビブラートを作りたい場合は、少し立ち止まって考えます。細かい上下の波を連続で描けば音程の揺れは作れますが、手描きの波は不揃いになりやすく、音源によってはCC1のモジュレーションで揺らす方が自然にかかります。
ピッチベンドで描くのは、揺れよりも「一方向へ曲げる」表現だと役割を分けておくと、レーンが散らかりません。
どの表現でも共通する注意が、次のノートが始まる前にカーブを0へ戻すことです。
戻し忘れると「なぜか途中から全部の音がずれて鳴る」という、原因に気づきにくい事故になります。
ベンドレンジの意味と合わせ方
カーブとレンジ、2つで1セットです。
カーブを描いた通りに音程が動かない時は、ベンドレンジを疑います。ベンドレンジとは、ピッチベンドを最大まで振り切った時に何半音変わるかという設定で、これはDAW側ではなく音源側が持っています。
多くのソフト音源では、初期値が上下2半音(全音)です。
たとえば全音のチョーキングを作る場合、レンジが2ならカーブを最大まで上げ切ればちょうど全音上がります。ところが同じカーブでも、レンジが12に設定された音源では1オクターブ跳ね上がります。
描いたカーブの形と、音源側のレンジ。この2つがそろって初めて、意図した音程になります。
シンセ系の音源は音色ごとにレンジを変えられるものが多く、派手なずり上げが欲しいシンセリードではレンジを広く取ることもあります。
逆にギターやベースなど生楽器の再現では、実物で出せる幅(チョーキングなら全音前後)に収めた方が嘘っぽくなりません。
設定の場所は製品によって違いますが、PitchやBendという名前で音源の設定画面にあることがほとんどです。
カーブが効きすぎる、または全然効かないと感じたら、まずここを開いて数値を確認します。
複数の音源を行き来する曲では、レンジをトラックごとにメモしておくと安全です。
あるトラックで作ったベンドのフレーズを別の音源へコピーしたら音程が倍動いた、という食い違いは、レンジの初期値が音源ごとに違うことから起きます。
移植したら最初の再生で必ず耳で確かめる習慣を付けます。
表現別カーブ早見表
作りたい表現から、カーブの形を逆引きします。
| 再現したい表現 | カーブの形 | コツ |
|---|---|---|
| チョーキング | ノートの途中で0から上へ | 全音上げならレンジ2で振り切る。上げる速さで泣き方が変わる |
| しゃくり | ノートの頭だけ下から0へ | ごく短く浅く。深くしすぎると音痴に聞こえる |
| フォール | ノートの最後で0から下へ | 語尾だけに。次の音の前に必ず0へ戻す |
| スライド風 | ノート間を斜めにつなぐ | 半音〜全音まで。大きな移動はノートを分けた方が自然 |
使いどころと使いすぎ
まっすぐな音があるから、曲げた1音が効きます。
ピッチベンドは効果が大きいぶん、使いすぎの副作用も大きいデータです。覚えたてで全部のノートにしゃくりを入れると、表情豊かになるどころか、音程の定まらない不安定な演奏に聞こえます。
ずっと曲がっている音程は、表現ではなくただの音痴です。
目安は、フレーズの中で聞かせたい数カ所だけです。
- サビへ飛び込む直前の1音
- フレーズの入りの1音
- 長く伸ばした音の語尾
レッスンでは、メロディはどの拍からどんな入り方をするかで印象が変わると伝えていますが、ピッチベンドはまさにその入り方と終わり方を作る道具です。
真ん中の音符たちがまっすぐ鳴っているからこそ、曲げた1音が耳に残ります。
ホイールを回しながら弾いて録った場合は、後からレーンを開いて形を整えます。
手の動きの記録はデータが細かく詰まっているので、行きすぎた山を浅くしたり、戻りが甘い場所を0まで引き下げたりするだけで、演奏の勢いを残したまま音程の狙いが正確になります。全部をマウスで描き直すより、録った形を活かして削る方が早いことも多いです。
入れるか迷ったら、ベンドなしの状態を複製で残して聞き比べます。
入れた方が歌っていると感じたら採用。どちらか分からないなら、その場所には必要なかったということです。
目で見て格好いいカーブかどうかは、判断材料にしません。
ここぞの1音を曲げられるようになると、打ち込みメロディの説得力は目に見えて変わります。
そのメロディを曲としてどう組み立てていくかは、制作工程マップで工程全体を確認できます。
よくある疑問
カーブを描いたのに思った音程になりません
音源側のベンドレンジ設定を確認します。DAWに描いたカーブと音源のレンジは2つで1セットです。レンジが2なら最大で全音、12なら同じカーブで1オクターブ動きます。
ピッチベンドとポルタメントの違いは何ですか
ピッチベンドは自分でカーブの形を描きます。ポルタメントは前の音から次の音へ音源が自動で滑らせる機能です。細かく表情を作るならピッチベンドが向いています。
どの楽器に使うと効果的ですか
ギター系、シンセリード、ベースのスライドなど、実物の演奏で音程が滑る楽器に向きます。ピアノやオルガンのように音程が曲がらない楽器に入れると不自然になりやすいです。
急に全部の音が半音ずれて鳴ります
ベンドの戻し忘れが定番の原因です。ピッチベンドはトラック単位で効くため、カーブの終わりで0に戻っているかをレーンで確認します。
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