プラグイン遅延の確認手順

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
同じプロジェクトなのに、あるプラグインを挿した瞬間から鍵盤の返りが重くなった。パソコン全体の設定はいじっていないのに遅れが出た。
こういう時は、そのプラグインそのものが遅延を作り出しているかもしれません。遅れの原因が環境全体ではなく、特定の一つに集中しているケースです。
遅延を生みやすいプラグインには、はっきりした特徴があります。見分け方と、DAWがその遅れをどう扱っているか(遅延補正の働き)を知ると、いつオフにしていつ戻すかを迷わず決められます。
まずは、どんなプラグインが遅れるのかから見ていきます。
先に見ること
一部のプラグインは、それ自体が遅延を作ります。
- 音を先読みして処理する重いものほど遅延が大きい
- マスターに挿すマスタリング系は特に影響が出やすい
- 再生中はDAWの遅延補正がタイミングを自動でそろえる
- 補正がきかない録音中は、重いプラグインをオフにする
どのプラグインが遅延を生むか
先読みして処理するものほど、遅れます。
遅延の大きさは、そのプラグインの働き方で決まります。音を正確に整えるために、今鳴っている瞬間だけでなく、少し先の音まで見てから計算するタイプがあります。この「先読み」をした分だけ、出てくる音は遅れます。
代表格はマスタートラックに挿すマスタリング系、たとえば音圧を上げるリミッターやマキシマイザーです。
位相をきれいにそろえる高精度なEQ(線形位相タイプ)や、一部の重いリバーブも遅れを生みます。
逆に、入ってきた音へ素直に反応する軽いEQやコンプ、そして多くのソフト音源は、遅延がほぼゼロです。
つまり「重い=遅い」ではなく、「先読みして精度を稼ぐ=遅い」と理解すると見分けやすくなります。プラグインによっては画面のどこかに遅延量(サンプル数やミリ秒)が表示されていて、そこで自分の耳を待たせている量を数字で確認できます。
具体例を挙げると、音を仕上げるためにリミッターやEQをまとめたマスタリング用の一体型プラグイン(たとえばiZotope Ozoneのようなタイプ)は、精度を出すために先読みが大きく、遅延も大きくなりがちです。これはミックスの最後に真価を発揮する道具で、演奏を録っている最中にわざわざ挿しておく必要はありません。
使う場所がそもそも違うだけだと考えると、録音のあいだ外すことへの抵抗もなくなります。
| プラグインの種類 | 遅延の出やすさ | どんなもの |
|---|---|---|
| マスタリング系リミッター/マキシマイザー | 大きい | 音圧を上げる仕上げ用の処理 |
| 線形位相EQ | 大きい | 位相を保つ高精度モードのEQ |
| 高品位リバーブ・解析系 | 中くらい | 空間を作る重い処理や測定系 |
| 素直なEQ・コンプ・多くの音源 | ほぼゼロ | 日常的に挿す軽いもの |
遅延補正という仕組み
再生では、DAWが遅れをこっそり埋めています。
ここで疑問が出ます。遅れるプラグインを挿しているのに、再生して聞くとトラック同士はずれずに鳴っている。
なぜでしょうか。答えは、DAWが遅延補正という仕組みを持っているからです。
DAWは、それぞれのプラグインがどれだけ遅れるかを把握しています。そして遅れる分だけ他のトラックも同じだけ待たせて、全体の足並みをそろえます。
これがプラグインディレイコンペンセーション、日本語で遅延補正と呼ばれる働きです。
この補正のおかげで、ミックス中は遅延をほとんど意識しなくてすみます。
重いマスタリング系を挿しても、ドラムやボーカルが遅れて聞こえることはありません。全部まとめて少し待たせることで、相対的なタイミングは保たれるからです。
ただし、補正には決定的な限界があります。それは「録音済みの音を並べ直す」仕組みだという点です。
これから返す音、つまり録音しながらリアルタイムに聞くモニター音には、補正はきかせられません。まだ演奏していない生の音を、先回りしてそろえることは誰にもできないからです。
だから、再生は平気なのに録音中だけ返りが遅い、という現象が起きます。
初心者がここでつまずきやすいのは、「再生では合っているのに録音の返りだけ変」という食い違いです。これは故障でも腕の問題でもなく、遅延補正が働く場面と働かない場面の差そのものです。
仕組みさえ知っていれば、直すべきは録音の返りだけだと分かり、あちこちの設定を触って迷わずにすみます。ミックスの音は補正が守ってくれている、と安心してよいのです。
録音時はマスターの重い処理を止める
録る時だけ、出口の重いプラグインをオフにします。
ではどうするか。レッスンで判断の軸にしているのは、レイテンシーは録音時とミックス時で見る基準が違う、という考え方です。
録音している時に大事なのは反応の速さ、ミックスしている時に大事なのは安定と仕上がり。同じ状態のまま両方をこなそうとしないことです。
この軸に従えば、歌やギターを録る時の答えは決まります。マスタートラックに挿したマスタリング系プラグインや、重いエフェクトを一時的にオフにするのです。
補正のきかない録音の返りが軽くなり、演奏がぐっとしやすくなります。録り終えてミックスの段階に入ったら、オフにしたプラグインを元に戻す。
これで仕上がりの音は何も失いません。
制作の現場でも、録音用の身軽な状態と、仕上げ用の作り込んだ状態を切り替えるのは当たり前の運用です。
録る時は出口を空にして反応を優先し、混ぜる時は戻して音質を優先する。プラグインは消すのではなく、必要な場面で戻すために一時的にオフにするだけ、と考えると気楽です。
実際の切り替えは手間ではありません。録音を始める前にマスターの重い処理をまとめてオフにし、その身軽な状態で録る。
録り終えたらオンに戻して、そこからミックスに入る。この二つの状態を行き来するだけです。
プロジェクトによっては、録音用の設定をひとつ保存しておくと、毎回オフにする操作も省けて、次からはワンクリックで録れる体制に切り替えられます。
原因を切り分ける手順
疑わしいものを一つずつ止めて、犯人を特定します。
どのプラグインが遅れの元かは、順番に止めていけば必ず分かります。
まず、マスタートラックのプラグインをいったん全部バイパス(オフ)にして、もう一度演奏します。ここで返りが明らかに軽くなったら、犯人はマスターの中にいます。
次に、オフにしたものを一つずつ戻していき、どれを戻した時に急に重くなるかを見ます。そのプラグインが遅延の主犯です。
犯人が分かったら、そのプラグインは録音中だけオフにする、と運用を決めてしまいます。どれだったかを一言メモしておけば、次に同じプロジェクトを録る時も迷いません。
もしマスターを空にしても返りが遅いままなら、原因はプラグインではなく環境側です。その場合はバッファサイズなどの設定を見る番なので、レイテンシーの直し方の手順に切り替えてください。
プラグインか環境か、この切り分けができれば対処は半分終わったようなものです。
切り分けの途中で、特定の一つではなく複数のプラグインが少しずつ遅れを足していると気づくこともあります。その時は、録音に関係するトラックの重い処理をまとめてオフにするのが早道です。
仕上げに使うエフェクトは、録音が終わってから戻せば十分間に合います。原因を一つに絞り切れなくても、録る時だけ出口を軽くするという方針は変わりません。
ここまで整理できたら、あとは気持ちよく演奏に集中して、曲作りへ戻りましょう。
よくある疑問
どんなプラグインが遅延を生みますか
マスタリング系のリミッターや線形位相EQなど、音を先読みして処理する重いプラグインです。軽いEQや多くの音源はほとんど遅延しません。
遅延補正とは何ですか
プラグインの遅れに合わせて、DAWが全体のタイミングをそろえる仕組みです。再生ではズレませんが、録音中の返りには効きません。
再生は平気なのに録音中だけ遅いのはなぜですか
遅延補正が録音の返りには働かないためです。録る時は、マスターに挿した重いプラグインを一時的にオフにします。
オフにすると音質が変わりませんか
変わるのは録音中の返りだけです。ミックスでプラグインを元に戻せば、仕上がりの音は同じになります。
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