ベロシティの基本

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
マウスで打ち込んだドラムを再生したら、ミシンのように同じ音が等間隔に並ぶだけだった。ピアノは正確なのに冷たい。
打ち込みを始めた人が最初にぶつかる機械っぽさの正体は、多くの場合ベロシティにあります。
ベロシティは、鍵盤をどれだけ強く打ったかを記録する0〜127の値です。
マウス入力ではすべてのノートが同じ値で置かれるため、全部の音を同じ力で叩く、現実には存在しない演奏になります。ここに強弱を入れるだけで、同じフレーズが別物に聞こえます。
先に押さえること
ベロシティは打鍵の強さで、音量だけでなく音色も変えます。
- 強さ別に録られたサンプルが、値によって切り替わる
- フェーダーの音量調整とは結果が違う
- ドラムはハイハットの表と裏の差から始める
- 全ノート同じ値からは、基準を決めて段階的に抜ける
打鍵の強さの記録
ノートの1本1本が、自分の強さを1つずつ持っています。
ベロシティは英語で速度という意味です。MIDIキーボードは、鍵盤が押し込まれる速さを検出して、どれだけ強く弾いたかを0〜127の数値に変換します。
強く叩けば大きな値、そっと触れれば小さな値。MIDIのノート1本1本が、この値を1つずつ持っています。
ピアノロールでは、ノートの色の濃さや、画面下に並ぶ縦棒で確認できます。棒をドラッグすれば後から自由に変えられますし、マウスで置いたノートにも1つずつ設定し直せます。
演奏の記録でありながら、完全に編集可能なデータです。
音量のことでしょ、と思われがちですが、それは半分だけ正解です。
ベロシティを上げると確かに音は大きくなります。ただ、大きくするだけならミキサーのフェーダーでもできます。
ベロシティにしかできないのは、次で説明する音色の変化です。ここを知っているかどうかで、打ち込みの仕上がりが分かれます。
音量だけでなく音色が変わる仕組み
音源の中では、強さ別の録音が入れ替わっています。
生の楽器は、強く弾いた時に単に大きく鳴るわけではありません。
ピアノを強く叩くと音は硬く明るくなり、スネアを強く叩けば倍音が増えて張りが出ます。弱く弾いた音は丸く、こもった質感になります。
音量と音色が常にセットで動く。これが生楽器のリアリティの正体です。
ソフト音源はこれを再現するために、同じ音を弱く弾いた録音から強く叩いた録音まで、何段階も収録して持っています。
ベロシティレイヤーと呼ばれる仕組みで、打ち込んだ値によってどの録音が鳴るかが切り替わります。値を上げるほど、強く演奏した時の音そのものに変わっていくわけです。
だから、フェーダーで音量を上げるのとベロシティを上げるのは、結果がまったく違います。
フェーダーは弱々しい音色のまま音量だけを持ち上げる。ベロシティは強く弾いた音自体に差し替える。
打ち込みが平坦に聞こえる時に足りていないのは、たいてい後者です。
この区別は逆方向にも役立ちます。音色は気に入っているのに音量だけ揃えたい場面では、ベロシティをいじりすぎない方がいい。
ミックスの音量はフェーダー、演奏の強弱はベロシティ、と役割を分けておくと迷いません。
ドラムの表情はハイハットから
一番目立つ場所が、一番の練習台になります。
ベロシティの練習台として最適なのはドラム、その中でもハイハットです。
8ビートなら8分音符で刻み続けるパートなので、全部同じ値だった時の機械っぽさが一番目立つ場所でもあります。
基本は表と裏で差を付けることです。拍の表側を強めに、裏側をそこから2〜3割低い値にします。
これだけで刻みに揺れが生まれます。さらに小節の頭の1発だけもう一段強くすると、1小節ごとの周期が感じられて、ループが呼吸を始めます。
レッスンでは、コードや音色よりも、リズムが変わることで曲の印象は大きく変わると伝えています。ドラムを適当に置くと曲全体が平坦に聞こえやすい。
裏を返せば、ハイハットの強弱という小さな手当てが、曲全体の印象に対して一番割のいい投資になります。
キックとスネアは土台なので、大きめの値で安定させて構いません。スネアの直前に小さな値の音を忍ばせるゴーストノートのような弱音の遊びは、表と裏の差に慣れてからで十分です。
ハイハットで感覚をつかんだら、同じ考え方をピアノに移せます。右手のメロディを基準より強め、左手の伴奏を1〜2割弱くするだけで、どちらも同じ音源なのに主役と支えの関係がはっきりします。
強弱は1つのパートの中だけでなく、パート同士の役割を分ける道具にもなるわけです。
全ノート同じ値から抜ける手順
順番を決めておけば、どこから触るか迷いません。
仕組みが分かっても、同じ値のノートがずらりと並んだ画面を前にすると手が止まります。次の4段階で進めると迷いません。
手順1、基準を決める。全ノートをまず80前後にします。127を基準にすると、そこから上げる余地が残りません。
手順2、役割で3段階に分ける。強調したい拍(小節の頭やアクセント)は基準より20ほど上げ、拍の裏や経過音は20ほど下げ、残りは基準のままにします。
手順3、フレーズの山を作る。メロディなら一番聞かせたい1音を頂点に決め、その前後がなだらかにつながるように整えます。均等な強弱の次に、フレーズ全体の抑揚という単位で見るのがこの段階です。
手順4、再生して確認する。差が聞こえなければ、恐れずに差を2倍に広げます。打ち込み直後の耳は画面の数字に引っ張られるので、聞こえるかどうかだけを基準にします。
この作業で大切なのは、1音ずつ完璧に決めようとしないことです。まず3段階のざっくりした地形を作り、再生で気になった場所だけ細かく直す。
最初から全ノートを個別に調整すると、時間がかかるわりに全体の流れが見えなくなります。
4段階を通しても変化が乏しい時は、あなたの操作ではなく音源側の反応が鈍い可能性があります。これは最後のセクションで扱います。
場所別の目安表
絶対値ではなく、基準からの差で覚えます。
| 場所 | 基準80からの目安 | ねらい |
|---|---|---|
| 小節の頭 | +20前後 | 1小節の周期を感じさせる |
| 拍の裏 | −15〜25 | 刻みの揺れを作る |
| メロディの頂点 | フレーズ内で最大に | 聞かせたい1音を立てる |
| 語尾・経過音 | −20以下 | 力を抜いて歌わせる |
音源ごとに効き方が違う
同じ差でも、鳴り方の変わり幅は音源次第です。
同じベロシティの差を付けても、音源によって効き方はまったく違います。
ピアノ音源は何段ものレイヤーを持つものが多く、少しの差でも表情が動きます。一方、シンセの音色にはベロシティで音量がほとんど変わらない設定のものもあり、いくら丁寧に差を付けても反応しません。
また、ストリングスやパッドのような伸ばす系の音色は、そもそも弾いた瞬間の強さより、鳴っている最中の変化が表情の主役です。
ベロシティを描き込んだのに効かないと感じたら、直す場所がベロシティではないだけで、打ち込みが下手なわけではありません。
音源側にベロシティカーブ(感度)の設定があることも覚えておくと役立ちます。MIDIキーボードで弾くと強い音ばかり記録される、逆に弱くしか出ない、という悩みはここの調整で解決することが多いです。
強さの設計ができるようになると、打ち込みは音を正しく置く作業から、演奏を作る作業へ変わります。
ドラム、ベース、メロディと積み上げて1曲に仕上げる順番は、制作工程マップで全体を見わたせます。
よくある疑問
ベロシティはいくつが正解ですか
固定の正解はありません。音源ごとに反応が違うからです。基準を80前後に置き、役割に応じて上下に差を付けてから、再生して耳で確かめる流れが確実です。
全部127で打ち込むのはだめですか
常に最大の力で叩き続ける、現実にない演奏になります。上げる余地も残らないため、基準を下げて上下に動ける余白を作る方が表情を付けやすいです。
弾いて録ったらベロシティがバラバラすぎます
一括で同じ値にはせず、DAWのベロシティ圧縮機能で幅を狭めます。それでも目立つ数カ所だけ手で直すと、演奏の勢いを残したまま聞きやすくなります。
ベロシティを変えても音が変わりません
音源側でベロシティ感度が低く設定されているか、そもそも持続系の音色でCC側が表情の主役という場合があります。音源の設定画面と、動かすデータの種類を確認します。
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