ボカロ調声の始め方|初心者が最初に直す場所

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
歌声合成ソフトにメロディと歌詞を入れて再生したら、思っていた歌と違う。歌詞が別の言葉に聞こえる、語尾がぶつっと切れる、音の変わり目が引っかかる。
ここから先を整える作業が調声です。
ただ、調声には終わりが見えにくいという罠があります。パラメータは多く、どのノートも触ろうと思えば触れます。
だから先に、直す場所の優先順位と、やめる基準を決めます。ベタ打ちから一歩目を踏み出すための手順をまとめました。
先に見ること
調声は、目立つ欠点から順に、少しだけ直します。
- 直す順番は「発音」「語尾」「ピッチの跳ね」
- 全ノートは触らない。気になった所だけ
- 人間らしさより、歌詞の聞き取りやすさが先
- ベタ打ち版を残してから直し始める
調声とは何か、ベタ打ちとは何か
言葉の意味から整理します。
調声とは、歌声合成ソフトに打ち込んだ歌を、聞きやすく自然に聞こえるように整える作業のことです。
音の読み方を直す、ノートの長さを変える、音程の動き方をなめらかにする。こうした細かい調整をまとめて指します。
ベタ打ちとは、音程と歌詞だけを入力して、それ以外を何も触っていない状態のことです。打ちっぱなし、という意味だと考えてください。
ベタ打ちの歌は、音程も発音もソフトの初期設定のまま歌われるので、平坦で機械的に聞こえやすくなります。
ここで大事なのは、ベタ打ちは失敗ではないということです。ベタ打ちは調声の出発点で、料理で言えば下ごしらえが終わった状態です。
まずベタ打ちのまま最初から最後まで通して聞き、気になった箇所を秒数と一緒にメモします。この「気になった所リスト」が、調声でやることの全てになります。
逆に、リストを作らずに1ノート目から順番に触り始めると、どこがゴールか分からないまま時間だけが過ぎます。調声は全体を磨く作業ではなく、引っかかる場所を消す作業です。
最初に直す場所の優先順位
目立つ順に、発音、語尾、ピッチです。
| 優先順位 | 直す場所 | よくある症状 | 最初の一手 |
|---|---|---|---|
| 1 | 発音がおかしい所 | 歌詞が別の言葉に聞こえる | 読みを修正、ノートを分ける |
| 2 | 語尾の切れ方 | 語尾がぶつっと切れる、伸びすぎる | ノートの長さを調整する |
| 3 | ピッチの不自然な跳ね | 音の変わり目でしゃくれて引っかかる | その1音だけ音程の動きをなだらかに |
1番目は発音です。「は」を「わ」と読んでほしい所、漢字の読み間違い、早口で言葉がつぶれる所。
多くの歌声合成ソフトでは、ノートに割り当てた読みを後から修正できます。発音の間違いは聞き手が一発で気づくので、最優先で直します。
2番目は語尾です。フレーズの最後の音が短すぎるとぶつ切りに、長すぎると間延びして聞こえます。
ノートの長さを少し伸ばす、または短くするだけで直ることが多く、効果のわりに作業は簡単です。
3番目がピッチ、つまり音の高さの動き方です。ソフトが自動で付けた音程の変化が、音の変わり目で跳ねたりしゃくれたりして耳に引っかかることがあります。
ここも直すのは引っかかる1音だけ。曲全体のピッチを描き直す必要はありません。
どこが発音の問題か自分で分からない時は、歌詞を見ないで聞くテストが使えます。数日おいてから、画面を閉じて再生し、聞こえたとおりに歌詞を書き取ってみる。
書き取れなかった場所が、直す候補です。自分は歌詞を知っているので、画面を見ながらだと聞き取れたつもりになってしまいます。
全ノートをいじらない
直すのは、メモに残った箇所だけです。
調声の解説動画を見ると、1音ずつ丁寧にパラメータを描き込んでいく様子が出てきます。あれを最初から真似すると、ほぼ確実に途中で力尽きます。
ワンコーラスには数十から百以上のノートがあり、全部を触る作業量は初心者の想定を大きく超えます。
基準を決めましょう。直すのは、通して聞いた時にメモに残った箇所だけ。目安として、ワンコーラスで10か所以内に収めます。
それ以上メモが増えた場合は、調声ではなくメロディや音域そのものに原因があることが多いので、打ち込みの段階へ戻った方が早いです。
作業の前に、もう1つやることがあります。ベタ打ちの状態を別名で保存しておくことです。調声は上書きの連続なので、戻る場所がないと「直す前の方が良かった気がする」という時に比べられません。
ベタ打ち版、調声1回目、のように分けて保存すると、聞き比べで判断できるようになります。迷った時に客観的な比較対象があることが、初心者の調声では一番の安全装置になります。
1か所直すごとに、その前後だけでなくフレーズ全体を再生して確認します。1音だけ聞くと良くなったように感じても、流れの中では浮いていることがあるからです。
人間らしさより聞き取りやすさ
目標の置き方で、作業量が大きく変わります。
初心者の調声が終わらなくなる一番の原因は、目標を「人間らしく歌わせること」に置くことです。人間らしさはプロでも突き詰め続けている領域で、最初のゴールには向きません。
しかも、機械らしさが残った歌でも良い曲は成立します。ボカロというジャンル自体が、その証明です。
最初の目標は、歌詞が聞き取れることに置いてください。聞き手が歌詞を追えるなら、調声としては合格です。
発音、語尾、ピッチの優先順位も、すべてこの基準から来ています。どれも「聞き取りやすさを邪魔する順」に並んでいます。
もう1つ、制作の現場で使われている判断基準を紹介します。歌ものでは、ドラムとボーカルが聞こえる状態を先に作る、というものです。
コードやパッドを気持ちよく上げすぎると、主役の歌が奥に下がります。つまり、歌が聞き取りにくい原因は、調声ではなく音量バランスにあることも多いのです。
だから、調声を細かく直し込む前に、一度オケと混ぜた状態で聞いてください。ソロで聞いて自然に歌えていても、オケの中で埋もれていたら聞き手には届きません。
逆に、オケと混ざれば細かいピッチの粗はかなり隠れます。調声の合否は、必ずオケと混ぜた状態で判定します。
やりすぎのサイン
手を止める基準を先に持っておきます。
調声には分かりやすい完成がないので、やめ時を症状で判断します。次のどれかが出たら、その日の調声は手を止めるサインです。
1つ目は、しゃくりやビブラートを足した結果、かえって歌詞が聞き取りにくくなっている時です。
装飾が言葉をつぶし始めたら、足しすぎです。直前の保存まで戻ります。
2つ目は、ベタ打ち版と聞き比べて、どちらが良いか分からなくなった時です。差が分からないなら、その調整は聞き手にも届いていません。
分からなくなるのは耳が疲れたサインでもあるので、翌日に聞き直すと判断が戻ります。
3つ目は、1音に長い時間をかけて描いては戻すを繰り返している時です。その1音は今日の耳では答えが出ません。メモだけ残して次の箇所へ進みます。
判定に迷った時の最終手段は、書き出してスマホで聞くことです。編集画面の中では、線の形やパラメータの数値が目に入り、耳より目で判断しがちです。
普通のリスナーと同じ環境で聞くと、直すべき所と、もう十分な所の区別がはっきりします。
調声は、曲作り全体から見れば仕上げの一工程です。ここに時間を吸われて曲が完成しないのは本末転倒なので、「発音、語尾、ピッチを直したら次の曲へ」というくらいの配分で回していくと、曲数と一緒に調声の腕も上がっていきます。
自分が今どの工程にいるかを確かめたい時は、全体の流れを1枚にした制作工程マップを手元に置いてください。
よくある疑問
調声はどこまでやれば十分ですか
歌詞が聞き取れて、語尾が不自然に切れず、耳に引っかかる音程の動きがない状態が最初のゴールです。人間そっくりは目標にしなくて構いません。
ベタ打ちのまま公開してはだめですか
だめではありません。ただ、発音の間違いと語尾のぶつ切りは目立ちやすいので、そこだけ直すと聞きやすさが大きく変わります。
調声とミックスはどちらが先ですか
先にオケと歌の音量バランスを確認します。聞き取りにくさの原因が音量にあることも多く、バランスを整えても気になる箇所だけを調声で直します。
パラメータが多すぎて覚えられません
全部覚える必要はありません。読みの修正、ノートの長さ、ピッチの3か所から始めて、他は症状が出てから調べれば十分です。
無料配布|アンパンマン劇場版楽曲を手がけた作曲家の「制作工程マップ」
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