サイドチェインの基本

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
EDMを聞いていると、キックに合わせて曲全体が「ウー、ウー」と波のようにうねる瞬間があります。自分でも真似したいのに、同じ音を並べただけでは低音がもたついて濁る。
あのうねりの正体が、サイドチェインです。
サイドチェインは、他のトラックの音をきっかけにして動く仕掛けのことです。代表がキックとベースの組み合わせで、キックが鳴った瞬間だけベースが凹み、キックが去るとすっと戻る。
この譲り合いが低音の濁りを消し、同時にリズムのうねりを生みます。仕組みと設定の流れ、そしてやりすぎの見分け方まで順番に見ていきます。
先に見ること
サイドチェインは「他の音をきっかけに凹む」仕掛けです。
- 普通のコンプは自分の音を見張るが、サイドチェインは隣のトラックを見張る
- キックが鳴った瞬間ベースが凹む=ダッキング。低音の整理とうねりを同時に作る
- 設定は、凹ませたい側にコンプを挿し、きっかけの音を送るだけ
- 曲に合わせて体が揺れればOK、酔うような揺れはかけすぎ
仕掛けの正体
「誰の声を聞いて動くか」が普通のコンプと違います。
普通のコンプレッサーは、自分のトラックの音を見張っています。ベースに挿せば、ベース自身が大きくなった瞬間にベースをおさえる。見張る相手とおさえる相手が同じです。
サイドチェインは、この見張り先を隣のトラックに付け替えます。ベースに挿したコンプに「キックの音を聞いて動いてくれ」と指示すると、ベースがどんな音量で鳴っていようと関係なく、キックが鳴った瞬間にだけベースが凹むようになります。
身近な例で言えば、カーナビの音声案内です。音楽を流していても、案内の声が入る瞬間だけ音楽が自動で小さくなり、案内が終わると戻る。
音楽側が「案内の声」というよそのきっかけで凹んでいる、これがサイドチェインの動きそのものです。ラジオでDJが話し始めるとBGMがすっと下がるのも同じ仕組みで、曲の中ではこれをキックとベースの間でやります。
つまりサイドチェインという言葉は、特定のエフェクトの名前ではなく「よその音をきっかけにする配線」の名前です。だからコンプ以外にも応用でき、考え方さえつかめば道具が変わっても迷いません。
キックでベースが凹む=ダッキング
低音の交通整理と、EDMのうねりは同じ現象です。
きっかけで音を凹ませることを、ダッキングと呼びます。アヒル(duck)がひょいと頭を水に沈める動きが由来で、キックが来た瞬間にベースが頭を下げ、通り過ぎたら顔を上げる、と覚えると忘れません。
なぜキックとベースなのか。両方とも曲のいちばん低い場所に住んでいて、同じ帯域を取り合うからです。
ミックスでは、ドラム、ベース、コード、上物と、低い音域から順に聞いて積み上げていく判断を軸にしていますが、その一番下の段階でキックとベースが同時に鳴ってお互いを濁らせていると、上に何を積んでも土台がぼやけたままになります。
キックの瞬間だけベースが譲れば、キックの輪郭がはっきり出て、ベースのフレーズもキックの合間で聞こえる。狭い部屋に大きい家具を2つ置くのではなく、交代で場所を使うイメージです。
そしてこの譲り合いには副産物があります。4つ打ちの曲では、キックが1拍ごとに鳴るので、ベースやシンセが「凹む、戻る、凹む、戻る」を等間隔で繰り返します。
これが耳には周期的なうねりとして聞こえ、体が勝手に揺れるあのEDM特有のグルーヴになります。
EDMでは整理のためというより、このうねり自体を演出として、パッドやコード全体にわざと深くかけることも多いです。同じ仕掛けが、使い方次第で裏方にも主役にもなるわけです。
設定の流れ
迷いやすいのは「どちらに挿すか」だけです。
初心者がつまずくポイントはほぼ一つで、コンプを挿す場所を逆にしてしまうことです。
挿すのは凹ませたい側、つまりベースです。キックはきっかけを送るだけで、キック自身には何も挿しません。
| 手順 | やること | つまずきやすい点 |
|---|---|---|
| 1 | ベース(凹ませたい側)にコンプレッサーを挿す | キック側に挿してしまう逆パターンが定番の間違い |
| 2 | コンプのサイドチェイン入力を有効にする | ボタンの場所が分からない時は「side chain」「key input」を探す |
| 3 | キックのトラックから、その入力へ音を送る | 送り先を選ぶだけで、キックの聞こえ方は変わらない |
| 4 | 再生しながら、凹む深さと戻る速さを耳で決める | 画面の数値でなく、ループ再生して体でリズムを取る |
名称や画面はDAWごとに少しずつ違いますが、「凹ませたい側に挿す、きっかけを送る」という流れはどれも同じです。Cubaseなら付属のコンプにサイドチェイン用のボタンが用意されているので、専用の道具を買い足す必要はありません。
かかり具合の判断は耳でやります。まずキックとベースだけをループ再生し、凹みが分かるところまで深くかけてみてください。
仕組みが音で理解できたら、そこから浅い方へ戻していき、キックの輪郭が出ていて、かつベースのフレーズがまだ追える深さで止めます。一度わざと深くかけてから戻すほうが、ちょうどいい場所を見つけやすいです。
最初の練習には、自作曲よりシンプルな素材の組み合わせが向いています。4つ打ちのキックと、白玉で伸ばしただけのパッドを4小節並べて再生すれば、凹んで戻る動きが裸のまま聞こえます。
伸びている音ほど凹みがはっきり分かるので、仕組みを耳に焼き付けるにはうってつけです。逆に、短く刻むフレーズにかけても変化は聞き取りにくいので、練習の題材には向きません。
この動きを覚えてから自分の曲へ持ち込むと、どこまでかけるかの判断がぶれなくなります。
かけすぎの見分け方
気持ちいい揺れと、酔う揺れの境目を耳で探します。
サイドチェインは効果が派手なぶん、かけすぎがそのまま曲の弱点になります。サインは3つあります。
まず、ベースが凹みっぱなしでフレーズとして聞こえなくなること。次に、キックのない静かな場面に入った瞬間、急にベースが膨らんで聞こえること。凹んでいる状態に耳が慣れていた反動です。
そして、曲全体が船酔いのようにふわふわ揺れて、リズムに乗れないこと。
境目の判断はシンプルで、その揺れに合わせて頭を振れるかどうかです。うねりが曲のテンポと手を組んでいれば体は自然に動きます。
逆に、戻る速さがテンポと合っていないと、同じ深さでも気持ち悪い揺れになります。深さのつまみより先に、戻る速さを疑ってください。
もうひとつ、ジャンルによる使い分けも大事です。EDMなら深いうねりが看板になりますが、バンド系や歌ものの伴奏で同じ深さを使うと、伴奏が不自然に脈打って歌の邪魔をします。
歌ものでは「かかっていると気づかれない深さで、低音だけすっきりする」くらいが目安です。オンとオフを同じ音量で聞き比べて、オフのほうが低音の濁りが気になるなら成功です。
サイドチェインは、キック、ベース、コードと積み上げてきた土台の上で初めて効果が分かる仕掛けです。曲作りのどの段階でここへ来るのかは、制作工程マップで全体の流れごと確認できます。
よくある疑問
サイドチェインはコンプがないとできませんか
コンプのサイドチェイン入力を使うのが代表的な方法ですが、音量を直接凹ませるタイプの専用プラグインや、ボリュームのオートメーションを手で書く方法でも同じ効果は作れます。大事なのは道具の名前ではなく、他の音をきっかけに凹ませるという考え方です。
キックとベース以外にも使いますか
使います。ボーカルが入った瞬間だけオケやシンセを下げて歌の場所を空ける、パッド全体をキックで凹ませてEDMらしい演出にする、といった使い方が定番です。どれも「主役が来たら脇役が譲る」という同じ発想です。
うねりを強くしたいのに揺れが不自然になります
凹む深さより、戻る速さが原因のことが多いです。凹んだ音が次のキックまでに戻り切らないと、うねりではなく酔うような揺れになります。曲に合わせて頭を振れるかを基準に、戻る速さを耳で合わせてください。
打ち込みだけの曲でもダッキングできますか
できます。ベースのMIDIノートをキックの位置だけ短く切ったり、音量のオートメーションをキックに合わせて手書きしたりする方法です。手間はかかりますが、どこがどれだけ凹むと気持ちいいのかを耳で覚える練習になります。
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キックとベースの土台を整えたら、ミックス全体へ広げます。