ボーカルチョップの作り方|歌素材をDTMで刻む手順

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
ボーカルチョップとは、歌の録音を短く刻み、並べ替えて、楽器のフレーズとして鳴らす手法です。
歌詞を伝えるためではなく、声そのものを音色として使う。人の声だとかろうじて分かる断片がメロディを奏でると、シンセだけの曲に一気に体温が生まれます。
やること自体は、スライス、並べ替え、ピッチ変更の3工程だけです。
ここでは素材の選び方と権利面の注意から始めて、サンプラーの基本、刻む手順、曲への組み込み、最初の8小節まで、今日そのまま試せる順番で説明します。
制作の軸
ボーカルチョップは、素材、刻み、音程の3段階で組み立てます。
- 素材は自分の声かライセンス確認済みのものを使う
- 工程はスライス、並べ替え、ピッチ変更の3つ
- サンプラーに読み込めば声は鍵盤で弾ける
- まず母音単位の大きめスライスから始める
声をメロディ楽器にする発想
歌をそのまま使うのではなく、音色として借ります。
普通の歌ものでは、声は言葉とメロディを届ける主役です。ボーカルチョップでは役割が変わります。
「オー」や「エイ」といった一瞬の断片だけを取り出し、ピアノやシンセと同じように音程を付けて並べる。つまり、声を素材にした新しい楽器を1台作る発想です。
この発想の転換ができると、素材のハードルが一気に下がります。上手な歌である必要はありません。言葉が聞き取れる必要もありません。
必要なのは、母音がはっきり鳴っている数秒だけです。刻んでしまえば、元が何を歌っていたかは誰にも分かりません。
テンポの相性で言うと、ゆったりした揺れ系の曲からダンス系まで幅広く使えますが、最初はBPM145前後で、スネアを3拍目に置くゆったりしたビートに乗せるのが作りやすいです。
チョップの一つひとつを聞かせる隙間があるからです。
素材の入手と権利面の注意
どこから声を持ってくるかで、できることが変わります。
素材の入手先は実質3つです。1つ目は自分の声。スマホの録音で十分で、権利の心配が一切ありません。
2つ目はフリー素材。無料で公開されている歌素材ですが、無料と自由は別物です。商用利用の可否、クレジット表記の義務、加工の可否を、配布ページの利用条件で必ず確認します。
3つ目は購入したサンプル素材。有料で販売されている歌素材は、曲に混ぜて発表することが規約で認められているのが一般的です。ただし素材のままの再配布は禁止されています。
はっきり書いておきたいのは、市販の曲や配信されている曲から声を切り出す行為です。自分の部屋での練習ならまだしも、その音源を公開すれば権利の侵害になります。
憧れの曲の声を使いたい気持ちは分かりますが、公開する作品では上の3択から選んでください。
迷ったら自分の声が最良の答えです。レッスンでは、鼻歌は頭の中のイメージを外へ出すための素材になる、音程が完璧でなくても上がる、下がる、伸ばす、止まるという形が残れば使える、という判断基準を伝えています。
チョップ素材はまさにこの考え方の延長で、どうせ刻んでピッチを直すのだから、歌のうまさは問われません。一番安全な素材が、一番手軽でもあります。
素材と権利の早見表
公開する曲で使えるかどうかを先に確認します。
| 素材 | 手軽さ | 権利面 | 注意 |
|---|---|---|---|
| 自分の声 | スマホで今日録れる | 心配なし | 静かな部屋で口を近づけて録る |
| フリー素材 | 検索で見つかる | 利用条件の確認が必須 | 商用可否とクレジット表記 |
| 購入素材 | 音質が安定している | 曲への使用は原則可 | 素材のままの再配布は不可 |
| 市販曲の切り出し | 手を出しやすい | 公開は権利侵害 | 公開作品では使わない |
刻む手順:スライスから音程まで
スライス、並べ替え、ピッチ変更。この順で進めます。
素材が用意できたら、最初にテンポを曲へ合わせます。DAWの機能で素材のテンポを追従させるか、聞きながら長さを微調整します。
ここがずれていると、後の工程が全部ずれます。
次にスライスです。波形を見ながら、母音の頭で切っていきます。コツは細かく切りすぎないこと。
最初は1つの素材から4〜8個で十分です。細かい断片の連打は上級者の飾りで、フレーズの芯にはなりません。
切れ目には短いフェード(音量をなめらかに上げ下げする処理)をかけて、プチッというノイズを消します。
並べ替えでは、切った断片の順番を入れ替えてリズムに置き直します。元の順番のままでは、ただの途切れた歌です。
2番目と4番目を入れ替える、同じ断片を2回続ける、半拍ずらして置く。この時点で、もう歌ではなくフレーズに聞こえ始めます。
最後にピッチ変更です。各断片の高さを、曲のキーに合う音へ動かします。全部を動かす必要はありません。
まず2〜3個だけ上下させて、上がって下がる山の形を作る。これだけでメロディの表情が付きます。
サンプラーの基本
声を読み込めば、鍵盤で弾ける楽器になります。
手作業の並べ替えに慣れたら、サンプラーを使うと一気に楽になります。サンプラーとは、音声ファイルを読み込んで鍵盤で鳴らせるようにする楽器です。
真ん中のドで読み込んだ声は、レの鍵盤を押せば全音高く、低いドを押せば1オクターブ低く鳴ります。つまり、声がそのままメロディ楽器になります。
使い方は2通りあります。1つの断片を読み込んで鍵盤の高さで演奏する方法と、複数の断片を別々の鍵盤に割り当てて、ドラムを叩くように打ち分ける方法です。
最初は前者が分かりやすく、ピアノロールに普通のメロディを打ち込むのと同じ感覚で使えます。
設定で見るのは3つだけです。音の頭の立ち上がり(アタック)は短く、余韻(リリース)も短めに、鳴らし方は押している間だけ再生される形に。
この3つを整えると、断片が伸びすぎたり被ったりせず、リズムの中に収まります。
曲に組み込む
チョップが主役なら、伴奏は隙間を空けて支えます。
伴奏はシンプルで構いません。パッドやピアノで4和音のコードを2小節ごとに置き、低音はルートを支えるだけ。
ドラムはキックを1拍目、スネアを3拍目に置いたゆったりした形にして、キックとスネアの隙間にチョップを走らせます。チョップの音程はコードの構成音に着地させると外れません。
構成上の役割は、サビのフックが定位置です。歌のサビの代わりに、あるいはサビの直後に、チョップの2小節フレーズを繰り返す。
言葉がないぶん何度繰り返してもくどくなりにくいのが、この手法の強みです。
ミックスで一つだけ注意するなら、断片ごとの音量差です。元の歌の抑揚を引き継いだまま刻むと、並べた時に一部の断片だけ飛び出して聞こえます。
まず全部の断片の音量をほぼ揃え、そのうえで強拍だけ少し強くする。順番を逆にすると、いつまでもデコボコが直りません。
最初の8小節を組む手順
録音から書き出しまで、今日1回で通せる分量です。
手順は8つです。①BPMを145に設定する。②スマホで「アー」と5秒録音してDAWに読み込む。
③母音の頭で4つにスライスし、切れ目にフェードをかける。④順番を入れ替えて2小節のフレーズにする。⑤2つの断片だけピッチを上下させ、山の形を作る。
⑥5〜8小節にそのフレーズを2回置き、コードのパッドと低音を敷く。⑦キック1拍目、スネア3拍目のドラムを足す。⑧1〜4小節はチョップ抜きの伴奏だけにして、書き出す。
スマホで聞いて確認するのは1点、5小節目からのチョップが「歌っている」ように聞こえるかです。聞こえなければ、原因はたいていピッチの平坦さです。
フレーズの最後の断片だけ音程を上げるか下げるかしてみてください。語尾が動くと、急に歌になります。
声の楽器が1台できれば、あとはどの曲にも持ち込めます。曲全体の組み立て方に迷ったら、制作工程マップで工程の順番を確認しながら進めてください。
よくある疑問
何を用意すれば始められますか
DAWと歌素材だけです。自分の声をスマホで録ったものでも始められます。伸ばした「アー」や短い鼻歌があれば十分です。
サンプラーとは何ですか
音声ファイルを読み込んで、鍵盤で鳴らせるようにする楽器です。押す鍵盤の高さに合わせてピッチが変わるため、声をメロディ楽器として演奏できます。
刻んだ声が不自然に聞こえます
細かく切りすぎが定番の原因です。まず母音単位の大きめのスライスで並べ、切れ目に短いフェードをかけてつなぎ目のノイズを消します。
市販の曲から声を切り出してもいいですか
公開する曲では使えません。自分の声、利用条件を確認したフリー素材、購入したサンプル素材のいずれかを使います。
無料配布|アンパンマン劇場版楽曲を手がけた作曲家の「制作工程マップ」
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