シネマティック音楽の作り方|映画的な展開をDTMで組む手順

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
シネマティック音楽の中心にあるのは、静かな場面から大きな場面へ向かう「動きの設計」です。映像音楽が心を動かすのは音色が豪華だからではなく、小さく始まった曲が段階を踏んで大きくなっていくからです。だから最初に決めるのは楽器でもコードでもなく、どこから静かに始めて、どこで頂点に着くかという一本の線です。
この線が引けると、ストリングス、金管、打楽器という三つの道具の使い所が見えてきます。役割の分担、盛り上がりの階段の積み方、短いモチーフの育て方、ミックスで気をつける一点、最初の8小節を組む手順まで、順番に整理します。
制作の軸
シネマティックは「静→動の一本の線」を先に引きます。
- 頂点の位置を1か所に決める
- 弦・金管・打楽器は役割で分ける
- 盛り上がりは足し算の階段で作る
- 主役は数音の短いモチーフ
静→動のダイナミクス設計
頂点を先に決めると、他の判断が全部楽になります。
ポップスには1番、2番、サビという決まった型がありますが、シネマティック音楽の型は「小さい状態から大きい状態への移動」そのものです。
2分の曲なら、最初の30秒は静かな緊張、1分過ぎから力がたまり始め、1分30秒あたりで頂点、残りで引いて終わる。この配分をメモ1行で決めてから音を置き始めます。
大事なのは、頂点を1か所に絞ることです。
何度も盛り上げようとすると、どの山も中くらいの高さになり、映画的な迫力が出ません。1つの頂点に向かって、それ以外の場所は「まだ全力を出していない」状態を保ちます。
静かな場面は、音を減らすだけでは物足りなく聞こえます。低い弦の持続音を小さく敷く、遠くで打楽器が一発だけ鳴る、といった「何かが起きそうな気配」を混ぜると、音数が少なくても緊張が続きます。
合わせる映像がまだない場合でも、架空の場面を1行決めておくと設計が楽になります。「扉が開いて、遺跡が見える」のような文が1つあるだけで、静の長さも頂点の高さも、その場面に合うかどうかで判断できるようになります。
ストリングス・金管・打楽器の役割
三つの楽器群は、担当する仕事が違います。
ストリングス(弦楽器の集まり)は、このジャンルの体温です。
長く伸ばせば場面の空気を作り、細かく刻めば前へ進む推進力になります。静かな場面から頂点まで、ほぼ出ずっぱりで曲を支える働き者です。
金管は、ここぞという場面の力です。トランペットやホルンの仲間は、鳴った瞬間に場面の重要度が一段上がって聞こえます。
その代わり、最初から最後まで鳴らすと効果が薄れます。頂点とその手前だけ、と決めて温存します。
打楽器は、時間の区切りと衝撃の担当です。
低い太鼓が節目を打ち、頂点では連打が床を揺らします。逆に静かな場面では、ほとんど鳴らないことが仕事になります。
三つの主役の脇に、ピアノやハープのような粒のはっきりした音を添えることもあります。持続音ばかりで曲がぼやける時に、輪郭のある音がひとつ混ざると、時間の流れが見えるようになります。
楽器群の役割早見表
迷ったら、この分担に戻ります。
| 楽器群 | 得意な仕事 | 使いすぎのサイン |
|---|---|---|
| 弦 | 空気作りと推進力の両方 | 刻みっぱなしで抑揚が消える |
| 金管 | 頂点の格上げ | 常時鳴って重要な場面が埋もれる |
| 打楽器 | 節目の合図と衝撃 | 連打が続いて衝撃に慣れてしまう |
| ピアノ・ハープ系 | 静かな場面の輪郭 | 頂点で他の音に埋もれたまま残る |
盛り上がりの階段の作り方
展開は、一段ずつ積む足し算で作ります。
盛り上がりは、勢いではなく「増える要素の順番」で作ります。たとえば8小節ごとに1段ずつ、低い弦の持続音だけ、弦の刻みが加わる、打楽器が節目を打つ、金管が主題を吹く、というように、階段を先に紙に書いてしまいます。
段を上がる時は、音の数だけでなく、音域と音量も一緒に広げます。
一番低い音と一番高い音の距離が開くほど、曲は大きく聞こえます。最初の段では狭い音域に閉じておき、頂点で上下いっぱいまで開きます。
展開の途中に、一段下がる場所を1つ入れるのも定番です。頂点の直前で急に音数を減らすと、聞き手は一瞬「落ちた」と感じ、その直後の頂点が実際より大きく聞こえます。
段数は曲の長さから逆算します。
2分の曲で8小節ごとに1段なら、頂点までにおよそ3〜4段です。段が多すぎると1段ごとの変化が小さくなりすぎ、少なすぎると変化が唐突になります。
短いモチーフの育て方
主役は長いメロディではなく、数音の種です。
シネマティック音楽の主役は、2〜4音ほどの短いモチーフ(曲の種になる音形)です。長く歌い上げるメロディよりも、短い形を何度も出すほうが、場面が変わっても曲の芯が通って聞こえます。
育て方の基本は、モチーフ自体を変えずに周りを変えることです。
レッスンで使っている判断メモに「同じメロディや音を繰り返しても、下のコードが変わると聞こえ方が変わる。反復と変化を同時に作れるため、耳に残るフックになりやすい」というものがあります。
静かな場面では暗いコードの上で、頂点では開いた明るいコードの上で、同じモチーフを鳴らします。
楽器を渡り歩かせるのも効きます。
序盤は低い弦がぽつりと弾き、中盤は木管がなぞり、頂点で金管が吹く。同じ数音でも、担当が変わるたびに成長して聞こえます。
ミックスで見る一点
頂点で全部を大きくすると、逆に小さく聞こえます。
このジャンルのミックスで最初に気をつけるのは、頂点の音量の取り方です。盛り上げたいからと全トラックを上げると、音同士がつぶし合い、大きいのに迫力のない壁になります。
対策は、曲全体の音量の天井を頂点に合わせて先に決めておくことです。
静かな場面を思い切って小さくしておけば、頂点は無理に上げなくても大きく聞こえます。音量そのものではなく、差で聞かせるという考え方です。
同じ音量で聞き比べる習慣も助けになります。音を足した直後は、ただ大きくなっただけでも良くなったように聞こえるからです。
足す前の書き出しを残しておいて切り替えながら比べると、階段が本当に一段上がったのかを判断できます。
最初の8小節を組む手順
頂点はまだ作りません。静の4小節と一段目の4小節だけ組みます。
いきなり頂点から作ると、そこへ至る道が続かなくなります。まず曲の入口だけを、次の順で置きます。
- テンポを決める。重く歩く場面なら遅め、追跡のような場面なら速め。数字は仮でよい。
- 低い弦の持続音を8小節、小さめに敷く。
- モチーフを決める。2〜4音を、1〜2小節目に一度だけ置く。
- 5小節目から弦の刻みを静かに入れて、階段の一段目にする。
- 8小節目の最後に、低い打楽器を一発だけ置き、次の段への合図にする。
- 書き出して、静から動への気配が感じられるかだけを確認する。頂点はこの続きで作る。
この8小節は、曲全体の設計図の縮小版です。
ここで静と動の差が出ていれば、あとは階段を伸ばすだけで2分の展開になります。どの工程で手が止まっているか分からなくなったら、制作工程マップで全体の位置を確認しながら進めてください。
よくある疑問
頂点は曲のどこに置けばいいですか
1曲に1か所、後半に置くのが基本です。2分の曲なら1分30秒前後が目安になります。頂点を複数作ると、どの山も中くらいの高さに聞こえてしまいます。
金管や打楽器の音源がなくても作れますか
作れます。まず弦とピアノだけで静から動への階段を組んでください。設計ができていれば、音色は後から差し替えても成立します。
モチーフが思いつきません
2〜4音で十分です。上がるか下がるかの方向と、リズムの形だけ決めて鳴らしてみてください。良し悪しは、下のコードを変えた状態で何度か聞いてから判断します。
盛り上がりが安っぽく聞こえます
足す順番を確認してください。全要素が同時に入っていないか、頂点の直前に引く場所があるか、静かな場面が十分小さいか。この3つで印象が変わります。
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