アンビエント音楽の作り方|空間と変化をDTMで組む手順

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
アンビエントは、ビートで時間を進めるジャンルではありません。パッドの響きがゆっくり移り変わることで、聞き手は時間の流れを感じます。だから最初に決めるのは、テンポやドラムパターンではなく「何分かけて、何がどう変わるか」という時間の設計です。
やることは打ち込みの技術というより、音の選び方と変化のさせ方です。パッドの重ね方、解決しないコードの選び方、リバーブとディレイの使い方、偶然できた響きの拾い方。この順で整理して、最後に最初のループを組む手順まで進めます。
制作の軸
アンビエントは、ビートの代わりに「ゆっくりした変化」で時間を作ります。
- 先に時間割を決める(30秒〜1分単位)
- パッドは音域を分けて2〜3枚
- コードは解決しきらない響き
- リバーブとディレイは飾りではなく主役
ビートに頼らない時間の設計
ドラムがなくても、曲は前に進みます。
ポップスでは、キックとスネアが「今どこにいるか」を教えてくれます。アンビエントにはその目印がありません。
代わりに使うのは、音量、明るさ、鳴っている音の枚数といった、ゆっくりした変化です。
30秒かけてパッドが少しずつ明るくなる。1分かけて低音が厚くなる。
この変化が、ビートの代わりに時間を運びます。
作り始める前に、メモで簡単な時間割を書きます。たとえば3分の曲なら、最初の40秒は低い持続音だけ。
40秒から中域のパッドが入る。1分半で一番明るい状態になり、2分20秒から1枚ずつ減らして終わる。
この程度の粗さで十分です。
時間割を決めずにパッドを鳴らし始めると、「気持ちよいのに退屈な音」がずっと続く状態になりがちです。変化の予定が先にあると、今は待つ場所なのか、ここで動かす場所なのかの区別がつき、手が止まりにくくなります。
編成と音色は3層で考える
役割の違う低・中・高に分けると迷いません。
編成は、低い層、中の層、高い層の3つに分けて考えます。低い層は、1つの音を長く伸ばし続けるドローンと呼ばれる持続音で、曲の重心になります。
中の層はコードを鳴らすパッドで、曲の色を決めます。高い層はベルや細い単音のきらめきで、ときどき鳴るだけで構いません。
音色は、立ち上がりの遅いものを選びます。鍵盤を押してからふわっと膨らみ、離してもすぐには消えない音です。
シンセの設定でアタック(音の立ち上がり)とリリース(離した後の余韻)を長めにするだけで、普通の音色もこのジャンル向きになります。
ピアノやギターのような、鳴らした後に減衰していく楽器も使えます。そのままでは輪郭がはっきりしすぎるので、後で説明する残響で輪郭を溶かしてから混ぜます。
3層の役割と動かし方
迷ったら、この分担に戻ります。
| 層 | 音の例 | 動かし方 |
|---|---|---|
| 低い層 | ドローン(1音の持続) | ほぼ動かさない。曲の重心を支える |
| 中の層 | コードのパッド | 音量と明るさをゆっくり変える |
| 高い層 | ベル、細い単音 | ときどき鳴らし、ディレイで余韻を伸ばす |
| 空間 | リバーブ、ディレイ | 深さの違いを2種類用意して使い分ける |
パッドの重ね方と変化のさせ方
同時に全部鳴らさず、入れ替わりで聞かせます。
重ねる時の基本は、音域をずらすことです。低いパッドは根音だけ。
中のパッドはコード全体。高いパッドはコードの上のほうの音を細く。
同じ音域に2枚重ねると、厚くなるより先に濁ります。
変化のさせ方は大きく3つです。
- 1つ目は音量のゆっくりした上げ下げ。
- 2つ目はフィルターで明るさを変えること。こもった状態から少しずつ開いていくだけで、盛り上がりとして聞こえます。
- 3つ目は入れ替えで、1枚をゆっくり消しながら、別の1枚をゆっくり出します。
どの変化も、8小節や16小節単位のゆっくりした速さで行います。ポップスの感覚で1小節ごとに動かすと、せわしなくなってこのジャンルの空気が消えます。
「遅すぎるかな」と感じるくらいでちょうどよいことが多いです。
コードの性格
解決しない響きが、ゆっくりした時間に合います。
コードは「終わった感じ」を出さないものを選びます。安定した三和音だけで進めると、鳴るたびに話が完結してしまい、時間が止まって聞こえます。
隣り合う音を少し混ぜた、宙に浮いたような響きにすると、次を待つ空気が続きます。
進行は短くて構いません。2つのコードを1分かけて行き来するだけで曲になります。
コードの数を増やすより、1つの響きをどれだけ長く持たせられるかを考えるほうが、このジャンルでは効きます。
どの響きを選ぶかは、理論名から決める必要はありません。レッスンで使っている判断メモに「理論の理解が浅くても、短いコードを鳴らして判断できる。最初から正解を探すより、鳴らした音を聞いて進める方が曲になりやすい」というものがあります。
候補を2つ鳴らし、長く聞いていられたほうを残す。アンビエントでは、この選び方がそのまま制作の判断になります。
空間系エフェクトが主役になる
リバーブとディレイは、仕上げではなく音作りの道具です。
多くのジャンルで、リバーブ(残響)やディレイ(やまびこのような反復)は最後に薄くかける飾りです。アンビエントでは逆で、音色の一部です。
短いピアノの一音に深いリバーブをかけると、弾いた音より残響のほうが長く鳴り、その残響自体がパッドのような層になります。
使い分けの目安として、深さの違う空間を2種類用意します。近くで鳴っている音のための短めのリバーブと、遠くに置きたい音のための長いリバーブです。
手前に残したい音は短いほうへ、背景に沈めたい音は長いほうへ送ると、平面だった音に奥行きが出ます。
ミックスで注意するのは低域の濁りです。低いドローンやベースに長い残響をかけっぱなしにすると、低域が溜まって全体がぼやけます。
リバーブへ送る音は低い成分を削ってから送るか、低い層には残響を控えめにする。注意点はまずこの1つで十分です。
偶然性の取り込み方
狙って作れない響きは、起きやすい状況を作って録ります。
このジャンルの気持ちよさには、偶然の要素が混ざっています。長いディレイの繰り返しが元のフレーズとずれて重なる。
2枚のパッドの揺れがたまたま噛み合う。こうした響きは、1音ずつ狙って打ち込むより、起きやすい状況を作って録音するほうが早く手に入ります。
簡単な方法は、長さの合わないループを2つ同時に鳴らすことです。4小節のフレーズと5小節のフレーズを重ねると、重なり方が一周ごとに変わり続けます。
しばらく回したものを録音し、よかった部分だけ切り出して使います。
大事なのは、偶然を出しっぱなしにせず、選ぶことです。回した録音を聞き返して、残す場所を1〜2箇所だけ決める。
ここは作曲というより編集の作業ですが、曲の個性はこの選択で決まります。
最初のループを組む手順
小節数ではなく、2〜3分の時間で区切って作ります。
テンポは仮のままで構いません。グリッドは位置の目安に使うだけで、拍にぴったり合わせて弾く必要はありません。
次の順で置いていきます。
- 低い層に、1つの音を1〜2分伸ばすドローンを置く。鍵盤を1音、長く押さえるだけで十分です。
- 中の層に、宙に浮いた響きのコードを2つ選び、ゆっくり行き来させる。
- 深いリバーブを1つ立ち上げ、中の層を送って残響ごと鳴らす。
- 高い層に単音を置く。数十秒に1回だけで構いません。長いディレイで余韻を伸ばします。
- 全体を再生しながら、フィルターか音量のどちらか1つだけをゆっくり動かして録る。
- 書き出して、画面を見ずに聞く。変化が足りなかった時間帯を1つメモして、次の作業にする。
最初の完成は2分あれば十分です。1本できたら、時間割、層の分担、空間の深さのどれかを変えてもう1本作ると、判断の引き出しが増えます。
曲作り全体のどの工程にいるか迷ったら、制作工程マップで流れを確認しながら進めてください。
よくある疑問
ドラムがないのに、どうやって曲を前へ進めますか
音量、明るさ、音の枚数のゆっくりした変化で時間を運びます。30秒から1分単位で何かが少しずつ変わる予定を先に決めておくと、ビートがなくても曲は前へ進みます。
パッドは何枚重ねればいいですか
最初は音域の違う2〜3枚で十分です。低い持続音、中域のコード、高い飾りに分けます。同じ音域に重ねると豪華になる前に濁ります。
リバーブはどのくらい深くかけていいですか
このジャンルでは主役として深くかけて構いません。ただし低い音への残響は控えめにします。低域に残響が溜まると全体が濁る原因になります。
コードは何を使えばいいですか
終わった感じを出さない、少し宙に浮いた響きが合います。2つのコードをゆっくり行き来するだけでも曲として成立します。
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