シューゲイザー風楽曲の作り方|歪みと空間をDTMで組む手順

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
シューゲイザーは、轟音なのに騒がしくない、不思議な音楽です。
深く歪ませたギターに残響を重ねて輪郭を溶かし、音の霧を作る。歌はその霧に半分沈む。普通の曲作りなら「悪い例」とされるバランスを、あえて狙って作るジャンルです。
あえて崩すには、何を守って何を溶かすかの線引きが要ります。守るのはベースとドラムの骨格、溶かすのはギターと歌の輪郭です。
エフェクトの重ね方から、浮遊感のあるコード、ノイズの敷き方、最初の8小節を鳴らすまでを順に見ていきます。
組み上げの全体像
シューゲイザーは、骨格を守りながら上の層だけを霧に変えます。
- 歪みが先、リバーブが後の重ね掛けで霧を作る
- BPMは80〜130、ドラムは奥でシンプルに
- コードはadd9やsus2、共通音で浮遊感を出す
- ボーカルは埋める、ただし消さない
歪みと空間系の重ね掛け
霧の正体は、エフェクトをかける順番にあります。
空間系とは、リバーブ(残響)やディレイ(やまびこ)のように、音の周りへ広がりを足すエフェクトの総称です。シューゲイザーの音の霧は、深い歪みの後ろに長いリバーブを重ね掛けして作ります。
かける順番が肝心で、歪ませた音をリバーブへ送ると、ざらついた成分が残響に引き伸ばされて霧になります。
逆にリバーブの後で歪ませると、残響ごと潰れてまったく別の質感になります。狙いがなければ、歪みが先です。
霧をさらに揺らしたい時は、コーラスやビブラートのような、音程をわずかに揺らすエフェクトを間に挟みます。音の高さが定まらなくなり、輪郭が溶けたまま漂う質感が出ます。
この処理は生のギターがなくても成立します。ギター音源で白玉のコードを打ち込み、同じ順でエフェクトを重ねれば、打ち込みでも霧は作れます。
速い演奏の技術より、音をどう加工するかが主役のジャンルだからです。
BPMとドラムの置き方
霧の主役を立てるため、ドラムは一歩下がります。
BPMの目安は80〜130です。100前後なら漂うミドルテンポ、120を超えると疾走感のある霧になります。
ギターの残響は速いテンポほど溜まりやすいので、テンポを上げるならリバーブは少し短くする、という綱引きを頭に入れておきます。
ドラムはキック、スネア、ハイハットの素直な8ビートで十分です。このジャンルのドラムは主役ではなく、霧の中で拍を知らせる灯台の役割なので、フィルは最小限にして、音量も控えめに奥へ置きます。
スネアに軽くリバーブを足すと、骨格を保ったまま霧と馴染みます。
ただし奥に置くことと、いい加減に打つことは別です。ギターの輪郭が溶けているぶん、リズムの正確さはドラムだけが頼りです。キックとスネアの位置はきっちりそろえてください。
コードの浮遊感を作る
明るいとも暗いとも決めない響きを選びます。
浮遊感の道具は2つあります。1つ目はコードそのものです。add9は基本の3音に9度の音を1つ足したコード、sus2は明暗を決める3度の音を2度に置き換えたコードで、どちらも「明るい」「暗い」の判定をぼかします。
鳴らした瞬間に答えが出ない響きが、そのまま浮遊感になります。
2つ目は共通音です。コードが変わっても、一番上の音だけは同じ音を鳴らし続けます。
下の土台は進行しているのに上が動かないので、曲が進んでいるのに漂っている、という独特の感覚が生まれます。打ち込みなら、ピアノロールで一番上のノートを横一直線に固定するだけで試せます。
進行は2〜4個のコードの繰り返しで足ります。凝った展開よりも、同じ響きの中をゆっくり回り続けるほうが、このジャンルの時間の流れに合います。
ベースだけは輪郭を守る
全員を霧にすると、曲は溺れます。
ギターと歌を溶かす代わりに、ベースは輪郭を残します。ベースまで深いリバーブに沈めると、曲の重心が消えて、ただの音の塊になります。
ベースはドライ、つまりエフェクトをほとんどかけない状態で、コードのルートを8分音符で淡々と刻みます。キックと並んで、霧の下に隠れた骨組みを担当する係です。
ギターは2層に分けると整理しやすくなります。1層目は歪みとリバーブで溶かした壁、2層目はクリーン寄りの音で弾くアルペジオや高いオクターブの音です。
2層目にはディレイを足して、霧の上できらめく粒を作ります。壁と粒の2層があると、単なる轟音ではなく奥行きのある霧になります。
役割を確かめるには、ギターを全部ミュートして再生します。ベースとドラムだけで曲のリズムとコード感が立っているなら、霧を何層重ねても崩れない土台ができています。
埋もれるボーカルの美学
埋めることと消すことは、別の作業です。
歌ものでは、ドラムとボーカルが聞こえる状態を先に作る。これがレッスンで伝えている基本線です。
シューゲイザーはこの基本を知った上で、ボーカルだけを意図的に半歩沈めます。基本を知らずに埋もれた音と、狙って埋めた音は、聞き手には不思議と区別がつきます。
目安は、言葉の半分が聞き取れて、メロディの形は最後まで追えることです。
作り方は3つの操作の組み合わせです。ボーカルの音量を楽器と同じ高さまで下げる。リバーブへ深めに送って輪郭をぼかす。同じメロディをもう1トラック重ねたダブルにして、1人の声ではなく声の層にする。
逆に、完全に聞こえなくなったら沈めすぎです。ボーカルは霧の中の光源のようなもので、姿は見えなくても、そこにあることは分かる状態を保ちます。
歌詞を聞かせる曲ではなく、声を楽器として混ぜる曲だと考えると、ちょうどよい深さが見つかります。
ノイズの活かし方
ノイズは飾りではなく、天井を高く見せる建材です。
一番使いやすいのは、フィードバック風の持続音です。高い単音を数小節伸ばし、深い歪みと長いリバーブをかけると、アンプの前でギターが鳴き続けるような音になります。これをセクションの変わり目や、コードの隙間に細く敷きます。
もう1つは、シューという成分を持つ音を小さく流し続けることです。曲の背景がわずかにざわつくと、無音の天井がなくなり、音の世界が一回り広く感じられます。
リバーブだけを深くかけた音を逆再生風に使い、サビ前の盛り上がりに置く手もあります。
共通するコツは音量です。ノイズは「消すと寂しいのに、鳴っていることには気づかない」くらいまで下げます。はっきり聞こえるノイズは霧ではなく、ただの雑音になります。
4つの層の整理表
守る層と溶かす層を、処理ごとに分けます。
| 層 | 中身 | 処理 | 注意 |
|---|---|---|---|
| 骨格 | キック、スネア、ベース | ほぼドライ | 霧に沈めない、位置は正確に |
| 霧の壁 | 歪みギター左右2本 | 歪みの後にリバーブを重ね掛け | 低域を削って濁りを防ぐ |
| きらめき | クリーン寄りのアルペジオや高音 | ディレイとリバーブ | 音数は少なく、粒を立てる |
| 声 | ボーカルとそのダブル | 深めのリバーブ | 埋めるが、消さない |
迷ったらこの表に戻り、いま触っている音がどの層の住人かを確かめてください。骨格の音を溶かしていたり、霧の音の輪郭を立てようとしていたら、処理が層とねじれています。
ミックスで最初に見る1点
霧が濁りに変わる境目は、低域にあります。
ミックスで最初に気を付けることを1つ挙げるなら、リバーブの低域を溜めないことです。残響を深くするほど、低い成分の響きが床に積もっていき、霧はモコモコとした濁りに変わります。
リバーブへ送る音の低域をあらかじめ削るか、リバーブの効きを低域だけ弱めると、量感はそのままで霧が透明になります。
ベースとキックをリバーブへ送らない、という骨格の約束も同じ理由です。轟音系のジャンルほど、実は低域の掃除が仕上がりを決めます。
最初の8小節を組む手順
骨格を先に立ててから、霧を吹き付けます。
手順1、BPMを100に設定します。手順2、add9かsus2を含む2つのコードを、仮のピアノ音色で全音符4小節置きます。一番上の音は2つのコードで共通にします。
手順3、ドラムを8ビートで薄く打ち、音量は控えめにします。
手順4、ベースをドライのままルートの8分で刻みます。
手順5、仮ピアノをギター音源に差し替え、歪みの後にリバーブという順で重ね掛けした2本を左右に置きます。ここで初めて霧が立ちます。
手順6、高い持続音を1本、小さな音量で敷いてから、4小節を8小節にコピーして書き出します。
確認するのは2点です。霧の中でもコードが変わった瞬間が分かるか。ベースの輪郭が最後まで見えているか。
この2つが保てていれば、霧の濃さは好みで足していけます。この先の展開や仕上げの順序は、制作工程マップに沿って進めると迷いません。
よくある疑問
歪みとリバーブはどちらを先にかけますか
歪ませてからリバーブへ送るのが基本です。順番を逆にすると残響ごと潰れて別の質感になるので、狙いがなければ歪みが先と覚えてください。
ボーカルはどのくらい埋めていいですか
言葉が半分ほど聞き取れて、メロディの形は全部追える程度が目安です。完全に聞こえなくなると曲の芯ごと消えます。
ノイズはどうやって作りますか
高い単音を長く伸ばして深い歪みとリバーブをかけると、フィードバック風の持続音になります。小さな音量で隙間に敷くのが基本です。
ギターが弾けなくても作れますか
作れます。速い演奏より、持続するコードにエフェクトを重ねる処理が主役のジャンルなので、打ち込みでも成立しやすいです。
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霧の下で曲を支えているのは普通の骨格です。ドラムとコードの基礎から補強できます。