Lo-Fi HipHopの作り方|揺れと質感をDTMで組む手順

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
Lo-Fi HipHopらしさは、音色そのものより「ズレ」と「汚れ」で作られます。
きっちり揃えて打ち込んだビートに、あとからノイズを乗せるだけでは、きれいな曲に砂をかけた状態にしかなりません。
向いている順番は、コード、ドラム、ベース、質感です。
ジャズ寄りのコードで曲の空気を先に決め、クオンタイズを緩めたヨレたドラムを重ね、最後にノイズとローファイ処理で全体をなじませます。
先に見ること
Lo-Fi HipHopは、揃えないドラムとセブンスコードに、質感の加工を薄くまとうジャンルです。
- BPMは70〜90のゆったり
- ドラムはクオンタイズを緩めてヨレさせる
- コードはm7・maj7のジャズ寄り
- ノイズとローファイ処理は最後にまとめて
テンポは70〜90
首をゆっくり縦に振れる速さが基準です。
Lo-Fi HipHopのBPMは70〜90が目安です。迷ったら80から始めてください。作業しながら首をゆっくり縦に振れる速さ、と覚えると感覚がつかみやすいです。
これより速くすると、勉強や作業のお供になる落ち着きが薄れていきます。逆に遅くしすぎると、ドラムの音と音の間が空きすぎて、ビートがばらけて聞こえます。
80で組んでから、前後に10ずつ動かして聞き比べるのが手早い決め方です。
近いジャンルとの違い
近いジャンルとは、狙っているものがそもそも違います。
| ジャンル | BPMの目安 | 見分けるところ |
|---|---|---|
| この記事(Lo-Fi HipHop) | 70〜90 | 主役は質感。作業のじゃまをしない落ち着きを作る |
| ジャズヒップホップ | 80〜95 | 主役はコード。テンションの乗った響きで聞かせる |
| ヒップホップ | 85〜95 | 主役はラップの居場所。声が乗る前提で中音域を空ける |
| トラップ | 130〜160 | 数字が倍。808とハイハットのロールで押す |
BPMはどれも目安で、実際には前後にかなり幅があります。 数字が重なっているジャンルは、数字では区別できません。 右の列に書いた「何が主役か」のほうを手がかりにしてください。
空気を決めるジャズ寄りコード
響きの大半はコードで決まります。ドラムより先に置きます。
このジャンルの「夜っぽさ」「雨の日っぽさ」は、コードから来ています。ドミソのような普通の三和音ではなく、音を1つ足したセブンスコードを使うのが基本です。
定番の響きとして、Fmaj7→Em7→Dm7→Cmaj7のように少しずつ下がっていく進行があります。1小節に1コードずつ置いて2周すれば、それだけで8小節の土台です。
まろやかで、少しだけ切ない。この性格がジャンルの空気そのものです。
音色はDAW付属のエレクトリックピアノ(E.Pianoなどの名前で入っています)が合います。和音は低い場所に固めず、真ん中の音域にほどよく広げて置くと濁りません。
コードの種類に不安があれば、m7とmaj7の2つの形だけ覚えてください。この2種類の使い分けだけで、入口としては十分に成立します。
ヨレたドラムの打ち込み方
パターンは普通。タイミングと強さを揃えないのがコツです。
パターン自体はシンプルです。キック「ドン」を1拍目ともう1発、スネア「タン」を2拍目と4拍目、ハイハット「ツ」を8分音符で。ここまでは、ごく普通の8ビートと変わりません。
違いはタイミングの精度です。クオンタイズ(音符をぴったりの位置に揃える機能)を100%かけずに緩め、スネアをほんの少しだけ後ろへずらします。
ハイハットは音の強さ(ベロシティ)をわざと不揃いにします。この小さなズレが「ヨレ」の正体です。
打ち込む前に「ドンッ…タン、ド・ドッ…タン」と口で歌ってみてください。
レッスンで使う「歌えるものは打てる」の考え方はここでも有効で、口ずさんだ時の自然なモタつきごとピアノロールに写すほうが、機械的に置いてから崩すより人間らしく仕上がります。
ただしヨレは全員に配るものではありません。キックはあまり動かさず、スネアとハイハットだけを揺らします。
聞き返して「下手な演奏」に聞こえたらやりすぎなので、少し戻してください。
※ 以下の音は、説明用にこのサイトで合成したドラムです。市販の音源や実際の楽曲の音ではありません。パターンの違いだけを聞いてください。
パターンは普通の8ビートのままです。2本ともBPM80で、変えたのはタイミングと強さの揃え方だけ。キックはどちらも同じ位置にあります。
正確ですが、作業のお供にするには少し硬く聞こえます。
キックは1音も動かしていません。動かしたのはスネアとハイハットだけで、これだけで空気が変わります。
条件:BPM 80/2小節/このサイトで合成したドラム(キック・スネア・ハイハット)。2本とも同じ音色・同じ音量で書き出しています。
この比較では、拍の基準を残すためにキックを固定しています。いくつものパートを同時に大きくずらすと、どこが拍なのか見えにくくなります。
ベースは丸く短く
歌わせず、キックに寄り添わせます。
ベースは、輪郭の丸いサイン波か、DAW付属のエレキベース音源を使い、コードのルート音を短めに置きます。位置はキックの近くが基本で、二つが手をつないで歩くイメージです。
動きは最小限にします。小節の終わりに、次のコードのルートへ近づく音を1つ足す程度で十分です。ベースがメロディのように歌い出すと、このジャンルの静けさが崩れます。
ノイズとローファイ処理で質感を作る
仕上げの加工は、最後にまとめて薄くかけます。
骨格ができたら、いよいよ質感づくりです。まず、レコードのパチパチというヴァイナルノイズや、雨・街の環境音を小さく敷きます。素材はDAW付属のループやノイズサンプルで足ります。
次に全体の加工です。高い音域を削るEQ(ハイカット)、軽いサチュレーション(薄い歪みで温かみを足す処理)、ビットクラッシャー(音を粗くする処理)をごく薄く。
「新品の音を、古いカセットで再生した音に寄せる」イメージで、どれもかけすぎないのがコツです。
注意したいのは、ノイズはあくまで脇役だということです。
ノイズを大きくするほどローファイになる、というのは誤解で、コードとドラムがきちんと立ったうえで隙間に敷くから効きます。主役より目立った時点で戻してください。
Lo-Fiらしさの出どころ
「らしくならない」時は、この表のどれが欠けているかを見ます。
| 要素 | やること | やりすぎのサイン |
|---|---|---|
| ドラムのヨレ | クオンタイズを緩めてスネアを少し後ろへ | 単に下手な演奏に聞こえる |
| コード | m7・maj7中心のセブンスコード | 難しい響きを詰め込んで落ち着かない |
| ノイズ | ヴァイナルノイズや環境音を隙間に小さく | 主役のコードより目立つ |
| ハイカット | 脇役のトラックから高域を削る | 全体がこもって団子になる |
構成は小さく変える
大きな起承転結より「流し続けられること」を守ります。
この音楽は、長時間流しっぱなしで聞かれることが多いジャンルです。だから構成も大きく動かしません。8小節のループを土台に、AとA'のような小さな変化を作ります。
具体的には、4周目でドラムを1小節だけ抜く、後半だけ上物のフレーズを差し替える、環境音を出し入れする、といった変化で十分です。
劇的な展開を作り込むより、聞き流せる心地よさが続くことを優先します。
よく似たジャンルにジャズヒップホップがありますが、あちらはジャズ由来のコードワークと反復の面白さが主役です。Lo-Fi HipHopの主役はあくまで質感と揺れ、そして聞き流せる心地よさで、構成も大きく動かしません。
どちらを作りたいかで、力を入れる場所が変わります。
ハイカットのかけすぎに注意
全部を古くすると、ただこもった音になります。
このジャンル特有のミックスの失敗は、ローファイにしたい一心で、全トラックの高域を削ってしまうことです。全員から明るさを取り上げると、音の区別がつかない、こもった塊になります。
主役であるコードのエレピやメロディには明るさを少し残し、削るのは脇役からにします。
「全部を古くする」のではなく「古い場所と、近くで鳴っている場所を分ける」。この意識があるだけで、こもりは大きく減ります。
最初の8小節を作る手順
コードから始めて、質感は最後です。
- DAWのテンポを80にする。
- エレピの音色で、Fmaj7→Em7→Dm7→Cmaj7を1小節ずつ置き、2周させて8小節にする。
- キックを1拍目と3拍目付近、スネアを2・4拍目に置く。
- クオンタイズを緩め、スネアをほんの少し後ろへずらす。
- ハイハットを8分で敷き、ベロシティをでこぼこにする。
- ベースでルート音を短く、キックに寄り添わせて置く。
- ヴァイナルノイズを小さく敷き、脇役のトラックにハイカットを薄くかける。
- 書き出して聞き、ヨレが心地よいか、下手に聞こえるかだけ確認する。
8小節が心地よく回れば、このジャンルの核はできています。ここから1曲の長さへ広げる段取りは、制作工程マップで全体の流れと合わせて確認してください。
| 段階 | 長さ | やること | このジャンルでの具体 |
|---|---|---|---|
| 1周目 | 8小節 | 骨格だけを置く | ヨレたドラムだけで8小節。ここが心地よく回らないうちにコードを足さない |
| 2周目 | 16小節 | 抜き差しで変化を作る | ハイハットの細かさを変える。8分と16分を行き来するだけで表情が動く |
| 展開 | 32小節 | 場面を足す | レコードのノイズや環境音を薄く重ねる。音量は気づくかどうかの手前まで |
| フル尺 | 64小節〜 | 曲として通す | 同じループのまま2〜3分。展開で聞かせるジャンルではないので、長くしすぎない |
長さや小節数はあくまで目安です。大事なのは順番で、 8小節が気持ちよく回らないうちに長さを足さないこと。 伸ばしてから直すより、8小節に戻って直すほうが早く終わります。
上の表の2周目のやり方(抜き差しで変化を作る)を音にしました。 2本とも16小節・同じ音量で、前半8小節は1音も違いません。 変えたのは9小節目から先だけです。
8小節を過ぎたあたりから、耳が先を予測してしまいます。手は動いているのに曲が進んでいない状態です。
9〜12小節目でハイハットが16分に増え、13〜14小節目でハイハットが丸ごと消えます。刻みが止まっても、ヨレたスネアとキックだけで場が持ちます。
条件:BPM 80/16小節/このサイトで合成したドラム(キック・スネア・ハイハット)。2本とも同じ音色・同じ音量で書き出しています。
素材と権利で止まらないために
古い録音のざらつきは、権利の心配なしに手に入ります。
この音のざらつきを出したくて、古いレコードの音を探しに行く人がいます。ここで気をつけたいのが「古い曲だから自由に使える」という思い込みです。曲の権利が切れていても、その曲を演奏して録音したものには別の権利が残っています。復刻された音源も、動画サイトに上がっている音も同じ扱いです。
幸い、このジャンルで欲しいのは曲そのものではなく質感です。針音、テープのゆらぎ、こもった帯域、部屋の反射。これらはフリー素材や手持ちのプラグインで作れます。ハイを落として少し歪ませ、ゆっくりしたピッチのゆれを足すだけで、狙っている空気にはかなり近づきます。
ロイヤリティフリーは「権利が無い」という意味ではありません。使うたびに支払いが発生しない、というだけの意味で、商用で使えるか、クレジットを書くか、加工していいかは素材ごとに違います。ダウンロードページの利用条件は、落とす前に一度読んでおきます。
配信やサブスクへ出すつもりなら、使った素材の入手先を制作メモに残しておくと後で楽です。数か月たつと、どのノイズをどこから持ってきたか自分でも分からなくなります。
| 素材の出どころ | 公開できるか | 確認すること |
|---|---|---|
| プラグインで作った針音・テープ感 | そのまま公開できる | 出せる質感は思ったより広い |
| フリー配布のノイズ素材 | 利用条件しだい | 無料と自由は別物 |
| 購入したループ集 | 曲に混ぜての発表は原則できる | 素材のままの再配布は不可 |
| 古いレコードの音をそのまま | 許諾なしでは公開できない | 曲が古くても録音の権利は別 |
ここに書いたのは制作の現場で使っている目安で、法律の判断ではありません。 配信やCD、ビートの販売などお金や公開が絡む段階では、権利元か詳しい人に確認してください。
よくある疑問
ドラムのヨレはどうやって作りますか
クオンタイズの強さを100%より下げるか、手弾きで録ってそのまま残します。スネアをほんの少し後ろへずらし、ハイハットの強さをばらつかせるのが入口です。
ノイズの素材はどこで手に入れますか
DAW付属のループ素材やノイズサンプルで十分です。レコードのパチパチ音や雨の環境音を小さく敷くところから始められます。
コード理論を知らなくても作れますか
作れます。m7とmaj7という2種類のセブンスコードの形を覚えるだけで、このジャンルの響きの入口には立てます。
せっかくきれいに作った音を汚す意味はありますか
あります。ローファイ処理はバラバラの素材の質感をそろえる接着剤の役割を持ちます。ただし主役まで削るとこもるので、かける場所を選びます。
記事で聴いたパターンを、そのままDAWへ
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