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古賀稔宏の作曲ノート作曲・編曲家のDTM制作ノート

アレンジがごちゃごちゃする時の直し方

古賀稔宏のプロフィール写真

作曲・編曲家 古賀 稔宏

「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。

トラックを重ねるほど良くなるはずだったのに、再生すると音の洪水で何を聞けばいいのか分からない。アレンジがごちゃごちゃする原因は、音が多いこと自体ではありません。全部の楽器が同時に主張し、同じ帯域と同じ役割で重なっていることです。

直し方は、良い音を選ぶことではなく交通整理です。すべてのトラックを主役、土台、飾りの3つに仕分けて、役割がかぶった音を減らす。ここからは、その仕分けの基準から間引きの手順、仕上がりの確認までを順番に説明します。

先に見ること

ごちゃごちゃは音の多さではなく、役割の渋滞です。

  • 原因は全楽器の同時主張と、帯域・役割の重複
  • 全トラックを主役・土台・飾りの3つに仕分ける
  • 同じ瞬間の主役は1つだけ。かぶったら間引く
  • 音数を減らした結果、曲は痩せるどころか太く聞こえる

ごちゃごちゃの正体

濁って聞こえる時、渋滞は2種類起きています。

1つ目の渋滞は帯域の重複です。帯域とは、音の高さの住所のようなもの。低音の地下、中音の1階、高音の2階と考えてください。

ピアノの左手、シンセパッド、ギターのコードは、放っておくと全員が1階の同じ部屋に集まります。同じ住所に音が密集すると、個々の音色がどれだけ良くても、混ざった瞬間に濁ります。

2つ目の渋滞は役割の重複です。ボーカルが歌っている裏で、ギターが目立つフレーズを弾き、シンセも動くフレーズを重ねる。全員が「私を聞いて」と主張している状態です。

聞き手の耳は一度に1つの主役しか追えないので、主役が3人いる音楽は、結局誰の声も届きません。

やっかいなのは、この渋滞が善意で起きることです。物足りない気がして1本足す。まだ足りない気がしてもう1本足す。

1本ずつソロで聞くと全部良い音なので、犯人探しをしても見つかりません。犯人は個々のトラックではなく、重なり方だからです。

だからアレンジの整理は、音色選びやエフェクトから始めません。まず全トラックの役割を書き出して、渋滞の場所を目で見えるようにします。

主役・土台・飾りの3分類

舞台の配役と同じ考え方です。

主役は、その瞬間に聞き手の耳が追うべきただ1つの音です。歌もののボーカル、間奏のギターソロ、イントロの印象的なフレーズ。

舞台でスポットライトが当たる役で、同じ瞬間に2人立たせてはいけません。

土台は、曲を支える縁の下です。ドラム、ベース、そしてコードを鳴らすピアノやギターの伴奏。土台の条件は、目立たないことです。

土台のフレーズが凝りすぎて耳を引くようなら、それは主役の座を奪いに来ています。

飾りは、隙間にだけ現れる彩りです。ボーカルのフレーズの切れ目に入る合いの手、たまに鳴る効果音、サビの後ろで薄く伸びるストリングス。飾りの条件は、常に鳴っていないことです。

ずっと鳴っている飾りは、飾りではなくもう1人の主張する誰かになります。

ミックスの現場で使われる順番も、この配役の考え方と同じです。EQやコンプなどの加工を触る前に、フェーダーで主役と支えを分ける。

全部を大きくするのではなく、主役以外を少し下げる。配役が決まっていれば、音量の判断はほとんど自動で決まります。

全トラックを仕分ける手順

紙に書き出すと、渋滞が目に見えます。

プロジェクトを開き、トラック名を上から全部書き出します。そして各トラックに、主役、土台、飾りのどれかを1つだけ書き込みます。

「主役寄りの飾り」のような中間は禁止です。迷ったら、そのトラックをミュートして再生し、曲が成立しなくなるなら土台か主役、成立するなら飾りです。

書き終えたら、セクションごとに主役の欄を確認します。Aメロの主役、サビの主役、間奏の主役。同じ瞬間に主役が2つ以上あったら、そこがごちゃごちゃの発生源です。

どちらかを飾りに降格させるか、鳴るタイミングをずらします。

次に土台の欄を見ます。コードを鳴らすトラックが3本以上あるなら、ほぼ確実に帯域の渋滞が起きています。

ピアノとギターとパッドが全員でコードを弾く必要はありません。1本を残して他は間引くか、高さの住所を分けます。

仕分けの基準に迷ったら、好きな曲を1曲、同じ表で分析してみてください。参考曲は真似るためだけでなく、どんな楽器を使い、どこで密度が上がり、どこで休むかを決める材料になります。

プロの曲の表は、驚くほど空欄が多いはずです。

役割仕分け表の例

10トラックの歌ものを仕分けた見本です。

トラック役割判定と処置
ボーカル主役歌のセクションでは唯一の主役として維持
ドラム / ベース土台そのまま。低音の住所は2本で分け合う
ピアノ(コード)土台コード担当の代表として残す
ギター(コード)土台ピアノと重複。サビだけ鳴らす形に間引く
シンセパッド土台3本目のコード担当。ミュートして比較
リードシンセ主役候補歌中は渋滞の原因。間奏の主役へ配置換え
ストリングス / 効果音飾り歌の隙間とセクションの変わり目だけに限定

かぶった音の減らし方

消す、ずらす、住み分ける。強い順に3段階です。

最初の手段はミュートです。役割がかぶったトラックのうち、より働いていない方を黙らせて通しで聞きます。

意外なことに、抜いたのに曲が痩せて聞こえない、むしろ残った音が太く前へ出てくる、という体験をするはずです。これが交通整理の効果で、音数が減るほど1音あたりの取り分が増えるのです。

2番目の手段は、時間をずらすことです。全部を消したくない場合、鳴る場面を分けます。Aメロはピアノだけ、サビはギターも加わる、と分担すれば、両方を残したまま同時の渋滞だけを解消できます。

飾りの合いの手も同じで、主役が歌っている間は黙り、息継ぎの隙間で鳴らします。

3番目の手段は、高さの住み分けです。どうしても同時に鳴らしたい2本のコード楽器があるなら、片方を1オクターブ上げて、地下と2階に分けます。

同じ部屋にいた2人を別の階へ引っ越しさせるイメージです。打ち込みなら、リージョンを選んでオクターブ移動するだけで試せます。

この3段階で解決しない濁りが残ったら、そこで初めてEQの出番です。順番を逆にして、渋滞したままEQで削り合うと、どのトラックも細く欠けた音になっていきます。

アレンジで減らせるものはアレンジで減らすのが先です。

すっきりしたかの確認

整理の成否は、口で説明できるかで分かります。

整理が終わったら、曲を再生しながら「今の主役は誰か」を口に出して言ってみてください。イントロはピアノ、Aメロからはボーカル、間奏はリードシンセ。

どの瞬間でも即答できれば、配役は機能しています。言葉に詰まる場所があれば、そこにまだ渋滞が残っています。

次に、あえて小さな音量で流し聞きします。大音量では迫力にごまかされますが、小音量では整理された曲だけがメロディの輪郭を保ちます。

家事をしながらの耳でも主役が追えるか、という緩い基準で十分です。

減らした直後は、寂しく感じるかもしれません。それは数日間、音の洪水に耳が浸かっていたせいでもあります。

書き出した音源を一晩置いて聞き直すと、寂しさではなく風通しとして聞こえてくることが多いです。判断は当日の耳だけで下さないでください。

そして、物足りない場所が本当にあれば、そこで初めて音を足します。今度は役割の空席を確認してから足すので、洪水には戻りません。

アレンジの前後にどの工程を置くかは、制作工程マップで全体の順番を眺めながら決めると、足し引きの迷いがさらに減ります。

よくある疑問

トラックを削除するのが怖いです

削除ではなくミュートで試してください。聞き比べて必要だと分かったら戻せます。判断の主導権を耳に渡すための一時停止だと考えると気が楽です。

主役は曲を通して1つに固定しますか

固定しません。歌のセクションはボーカル、間奏はギターのように、場面ごとに交代させます。ただし同じ瞬間に主役が2人いる状態は避けます。

EQで整理するのとどちらが先ですか

仕分けと間引きが先です。役割が重複したままEQで削っても混雑の原因が残ります。音数を整理してから、残った濁りをEQで処理します。

何トラックまでなら大丈夫ですか

本数そのものより、同じ瞬間に同じ帯域で同じ役割の音が重なっていないかが基準です。10トラックでも整理されていれば澄んで聞こえます。

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音の交通整理ができたら、曲作り全体の組み立てへ戻ります。

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プロフィール

古賀 稔宏

ギター、ウクレレ、DTM(Cubase)、作曲技法、音楽理論を指導。14歳でギターを始め、同時に作曲も始める。ポップ、ロック、クラシックの要素を含む楽曲を得意とする。

商業音楽の制作・演奏に携わりながら、初心者が止まりやすい場所を制作工程に沿って整理している。

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