DTMで1曲を完成させる考え方|完璧より書き出しを優先する

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
完成させた曲は何曲ありますか。この質問に0曲と答える人のパソコンには、たいてい作りかけのプロジェクトが10個も20個も眠っています。
原因を操作や手順に探す前に、一度だけ疑ってほしいものがあります。あなたの頭の中にある「完成」という言葉のイメージです。
ここで扱うのは、DAWの使い方ではありません。完成とは何か。
1曲目は何のために作るのか。他人の曲とどう付き合うのか。
この考え方を入れ替えるだけで、腕前が同じままでも、曲は完成に届くようになります。
先に見ること
完成とは完璧のことではなく、「書き出して人に渡せる状態」のことです。
- 1曲目の役割は上手さではなく、工程を一周する経験
- 他人の完成品と自分の途中経過を比べない
- 捨て曲と決めた曲ほど完成する
- 完成した数が増えるほど、1曲の重さが減って大胆に作れる
完成の定義を「完璧」から「渡せる」へ変える
上限のない基準は、いつまでも満たせません。
1曲も完成しない人の多くは、完成をこう定義しています。直したい場所が一つもなくなった状態。
実は、この基準を満たした曲は世の中にほとんど存在しません。商業音楽の現場でも、納品した後に「あそこはもっと良くできた」と思う場所は必ず残ります。
それでもその曲は完成として世に出ています。
だから、定義を入れ替えます。完成とは、曲が頭から最後まで再生できて、書き出した音源ファイルを人に渡せる状態のこと。
渡せるというのは、上手いという意味ではありません。「今この場で友達に送れと言われたら、送信ボタンを押せるか」。
押せるなら、その曲はもう完成です。
2つの定義の違いは、判定できるかどうかにあります。完璧には上限がないので、いつまで作業しても「まだ足りない」と言えてしまいます。
渡せるかどうかは、はい・いいえで答えが出ます。答えが出る基準に乗り換えること。
これが考え方の入れ替えの1つ目です。
なお、この定義だと「下手なまま完成になってしまう」と不安になるかもしれません。それで合っています。
下手なまま完成させた曲だけが、次の曲を上手くしてくれます。理由はこの後の節で順番に説明します。
1曲目の役割は工程の一周
出来栄えは、1曲目の採点項目に入っていません。
1曲目から良い曲を作ろうとするのは、初めて包丁を握った日にレストランの味を目指すようなものです。無理があるだけでなく、目標の置き場所そのものがずれています。
レッスンでは、最初の目的は理論や機能を全部覚えることではなく、自分のパソコンから曲っぽい音が鳴る体験を早く作ることだと伝えています。短いコードと簡単なドラム、鼻歌だけでも構わない。
1曲目も同じ発想で捉えてください。1曲目の役割は、名曲を生むことではなく、コードを置き、リズムを作り、メロディを乗せ、並べて、書き出す。
この工程を一度ぐるっと回ることです。
一周すると、手元に地図が残ります。曲作りにどんな作業があって、どんな順番でつながっていて、自分はどの工程で時間を食うのか。
この地図は、どれだけ解説記事を読んでも手に入りません。自分で一周した人だけが持てるものです。
だから1曲目の採点はこうなります。工程を一周して書き出せたら満点。
メロディが地味でも、ドラムが単調でも、減点はありません。出来栄えの評価は、2曲目以降の仕事です。
他人の完成品と自分の途中を比べない
比べていい相手は、過去の自分だけです。
作りかけの曲を聞き返して、そのあと配信で好きなアーティストの曲を聞く。この瞬間に、多くの人の心が折れます。
でも冷静に考えると、この比較は最初から成立していません。向こうは、何十曲も作ってきた人の完成品です。
こちらは、1曲目の途中経過です。走り始めた人がゴールテープの写真と自分を見比べているようなもので、落ち込む以外の結果が出ません。
比較していい相手は一つだけです。先週の自分が書き出した音源。
これなら条件が揃っているので、進歩も課題も正しく見えます。1か月前の書き出しと聞き比べて、ドラムが少しましになっていれば、それが本物の成長です。
では、プロの曲は聞かないほうがいいのかというと、逆です。聞き方を変えます。
比較の材料ではなく、観察の資料として聞く。イントロは何秒あるか。
サビは曲の何秒あたりで来るか。同時に鳴っている楽器は何本か。
数を数える聞き方に切り替えると、落ち込む暇がなくなり、代わりに自分の曲へ持ち帰れる発見が増えます。
捨て曲を作る勇気
大事にした曲から止まっていきます。
「この曲は思い入れがあるから、ちゃんと作りたい」。この気持ちが、曲を一番止めます。
1曲への思い入れが重くなるほど、失敗が許せなくなり、コード一つ決めるのにも時間がかかり、やがて手が止まるからです。作りかけフォルダの一番古い曲は、たいてい一番大事にしていた曲です。
そこで、捨て曲を作ります。捨て曲とは、作り始める前に「これは練習用。出来は問わない」と自分に宣言して作る曲のことです。
不思議なもので、捨てるつもりの曲ほど最後まで進みます。失敗の許可が最初から出ているので、迷う場面で「どっちでもいいから先へ」と決められるからです。
写真にたとえると分かりやすいと思います。フィルムの時代は1枚ごとにお金がかかったので、シャッターが重かった。
今のスマホは何百枚でも撮れるので、気軽に撮って、後から良い1枚を選べます。曲も同じで、1曲を重くするより、軽い曲をたくさん完成させて選ぶほうが、結果として良い曲に近づきます。
ちなみに、捨て曲といっても本当に削除する必要はありません。そこで生まれたコードの流れや音色の組み合わせは、次の曲の材料になります。
捨てるのは曲への執着だけで、素材は全部残ります。
完成数が増えるほど1曲が軽くなる
分母が増えると、1曲の重さは自然に減ります。
完成が0曲のうちは、いま作っている曲が自分の音楽のすべてです。全財産を1点に賭けている状態なので、怖くて思い切った手が打てません。
これが、初心者の曲作りが慎重になりすぎる正体です。
1曲完成すると、いまの曲は2曲のうちの1曲になります。10曲完成すれば、11分の1です。
分母が増えるほど1曲の重さは減り、重さが減るほど「試しにサビを半分に削ってみよう」といった大胆な実験ができるようになります。そして皮肉なことに、大胆に作った曲のほうが面白くなります。
つまり、完成の数を増やすことは、量の話に見えて、実は質を上げる一番の近道です。
ここまでの4つをつなげると、こうなります。完成の定義を「渡せる状態」に変える。
1曲目は工程の一周として作る。他人と比べず、先週の自分と比べる。
捨て曲で完成の数を増やす。どれも今日から変えられる、頭の中だけの作業です。
考え方が入れ替わったら、あとは工程を一周するだけです。音出しからフルコーラス完成まで、どの順番で回るのかを1枚で確かめたい人は、この下の制作工程マップを手元に置いてください。
折れる考え方と届く考え方の対応表
左に心当たりがあったら、右へ入れ替えます。
| 場面 | 折れる考え方 | 完成に届く考え方 |
|---|---|---|
| 完成の基準 | 直す場所がなくなったら完成 | 書き出して人に渡せたら完成 |
| 1曲目の目標 | 良い曲を作る | 工程を一周して地図を手に入れる |
| プロの曲 | 自分の途中経過と比べて落ち込む | イントロの秒数や楽器の本数を数える資料にする |
| 出来の悪い曲 | 完成させる価値がないから放置 | 捨て曲として完成させ、素材だけ次へ持ち越す |
| 曲の数 | 渾身の1曲に全部を賭ける | 完成数を増やして1曲を軽くする |
よくある疑問
下手な曲を完成と呼んでいいのでしょうか
呼んで構いません。完成は品質の評価ではなく、状態の名前です。最後まで再生できて、書き出した音源を人に渡せるなら、その曲は完成です。品質のほうは、完成の数を重ねる中で後から付いてきます。
人に渡せる状態とは、実際に誰かへ渡す必要がありますか
渡さなくても構いません。基準は「今この場で送れと言われたら送れるか」に、はいと答えられることです。ただ、可能なら1人に聞いてもらうと、次の曲で直す場所が1つ手に入ります。
1曲目が気に入りません。作り直すべきですか
作り直すより、そのまま書き出して2曲目へ進むことをおすすめします。1曲目の役割は工程を一周することなので、気に入らない場所は2曲目の課題リストとして持ち越せば役目を果たしています。
捨て曲ばかり作っていて上達するのでしょうか
上達します。捨て曲は手を抜いた曲ではなく、失敗の許可を出した曲です。工程を一周する回数が増えるほど、コードやリズムの判断は速くなります。本命の曲に挑むのは、完成が軽くなってからで遅くありません。
無料配布|アンパンマン劇場版楽曲を手がけた作曲家の「制作工程マップ」
音出し、コード、ドラム、メロディ、アレンジ、フルコーラス完成までの流れを1枚にまとめた無料マップです。登録するとその場でご覧いただけます。
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