マスター音量が小さい時の確認手順

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
曲を書き出してスマホで聞くと、いつも聞いている曲に比べて明らかに小さい。それなのにDAWに戻ると、マスターのメーターはもう天井の近くまで振れていて、これ以上フェーダーを上げると赤く点く。上げられないのに小さい。この行き止まりには、はっきりした理由があります。
メーターが示している「ピーク」と、耳が感じる「大きさ」は、別の物差しです。ここを分けて考えると、マスターで上げる前に見るべき場所が3つに絞れます。各トラックの音量差、ピークを作っている音、そして最後にリミッター。この順番で確認していきます。
先に見ること
小さいのはマスターの数字ではなく、聴感の大きさが足りていないからです。
- ピーク(瞬間の最大値)とラウドネス(聴感の大きさ)は別物
- マスターフェーダーを上げても、ピークが先に天井に当たる
- 確認は、各トラックの音量差 → ピークの原因 → リミッターの順
- ドラムが0dBを越えないように、赤ランプを付けない
ピークとラウドネスは別物
メーターの針と、耳の感じ方は、違うものを測っています。
マスターのメーターが示しているのは、基本的にピークです。曲の中で、一瞬でも一番大きくなった瞬間の値。0dBが天井で、ここを越えると音が割れます。
一方、耳が感じる大きさはラウドネスと呼ばれます。瞬間の最大値ではなく、平均してどれだけ音が詰まっているか、どれだけ鳴り続けているかで決まります。
手を1回パンと叩いた音と、同じピークで鳴り続けるオルガンを想像してください。メーターの最大値は同じでも、オルガンのほうがずっと大きく感じます。ピークが同じでも、ラウドネスは違う。これが2つの物差しの違いです。
市販の曲は、ピークを天井のすぐ下に保ちながら、平均を高く詰めてあります。自分の曲は、打点のピークだけが天井に届いていて、平均は低い。だから同じピークでも、小さく聞こえます。
つまり小さい原因は「ピークが低い」ことではなく、「ピークと平均の開きが大きい」ことです。開きを縮めない限り、マスターをいくら上げても先にピークが天井に当たります。
マスターフェーダーで上げても伸びない理由
出口で持ち上げると、一番高い山が先に天井に当たります。
マスターフェーダーは、全トラックが合流した後の音をまとめて上下させるつまみです。上げれば全部が同じだけ上がります。一番高い山、つまりピークも同じだけ上がります。
天井までの余白(ヘッドルームと呼びます)が小さければ、上げられる量はその余白の分だけです。そしてその分だけ上げても、耳が感じる大きさの差はわずかで、市販曲との開きは埋まりません。
余白を越えて上げると、赤ランプ(クリップ)が点きます。その瞬間の音は歪み、書き出した音源にもそのまま残ります。
仕上げの工程で守る約束として、レッスンではフェーダーで音量を決める段階から「ドラムが0dBを越えないように、赤ランプを付けない」を軸にしています。ドラムの打点は曲の中で一番高い山になりやすく、ここが天井を越えていると、マスターで何をしても割れが先に来るからです。
だからマスターフェーダーは最後です。触る前に、出口ではなく、音を送り込んでいる各トラックの側で開きを縮めます。
確認1:各トラックの音量差
ピークを作るトラックと、平均を作るトラックは別です。
最初に見るのは、各トラックのメーターの振れ方です。一番音が重なるサビを再生して、どのトラックが一番高くまで振れるかを見ます。
多くの曲で、ピークを作っているのはドラムです。キックとスネアの打点は一瞬だけ高く跳ねます。平均を作っているのは、鳴り続ける音です。ベース、コード、パッド、そして歌。
ピークのトラックだけが突出して、平均を作るトラックが控えめだと、開きは大きくなります。これが「メーターは天井近くなのに小さい」の中身です。
対処は、ピーク側を少し下げることです。打点だけ突出しているドラムをわずかに下げると、マスターのピークが下がって余白ができます。その余白の分だけ全体を持ち上げると、平均が上がります。
やりがちな失敗は、「小さいから」と平均側のトラックを一律に上げることです。同じ比率でピークも上がり、また天井に当たります。上げるのではなく、突出した山を下げて余白を作る。向きが逆です。
ここで見ているのはトラック同士の音量の比率だけです。音色や質感の処理は別の記事の領分なので、この段階では触りません。
確認2:ピークを作っている音
一瞬だけ跳ねる音を見つけて、その音の側で下げます。
各トラックの差を見てもまだピークが高い時、原因は「一瞬だけ跳ねる音」です。曲全体が大きいのではなく、数か所の跳ねが余白を食っています。
見つけ方は簡単です。サビをループ再生しながら、トラックを1本ずつミュートして、マスターのピークがどれだけ下がるかを見ます。大きく下がったトラックが原因です。
典型的な原因は4つあります。キックとベースが同じタイミングで、どちらもいちばん強く重なる瞬間。スネアのベロシティ(打ち込みの強さ)が一部だけ極端に強い。打ち込んだコードの全部の音が、同時に最大の強さで鳴っている。そして、リバーブなどのエフェクトの戻りが原音に足されて、その瞬間だけ増えている。
対処は、原因の音の側で行います。ベロシティを下げる、そのトラックのフェーダーを少し下げる、重ねすぎた音を減らす。マスターで抑え込むのは最後の手段です。
跳ねが数か所しかないなら、その数か所だけ触ります。オートメーションでその瞬間だけ下げても、ベロシティを1音だけ弱めても構いません。1か所の跳ねが全体の余白を食っている状態は、直す効率が一番高い場所です。
ここまでで開きが縮まると、マスターにも余白ができます。この余白が、次のリミッターが働くための材料になります。
確認3:リミッターは最後
上流を整えてから、最後に天井を決めます。
リミッターは、決めた天井を越えさせない道具です。天井に当たる瞬間だけ音量を止め、その分だけ全体を持ち上げられます。ピークを止めて平均を上げる、という動きそのものが、ピークとラウドネスの開きを縮める作業です。
仕上げの順番は決まっています。フェーダーで音量を調整し、次にEQとコンプレッサー、最後にリミッターで音圧を上げる。リミッターが最後に置かれているのは理由があります。上流で開きを縮めてからでないと、リミッターは数か所の跳ねを止めるためだけに働き、全体はほとんど上がりません。
使い方の入口はこうです。マスターの一番最後に挿します。天井は0dBより少し下に置きます。入力を少しずつ上げていき、平均が上がる代わりに、打点が潰れて平らになった、と感じたところで少し戻します。
目的は、市販の曲と同じ数字にすることではありません。開きを縮めた結果として大きくなる、という順番を守ることです。数字だけ合わせても、平らで疲れる音になります。
市販曲と比べる時は、再生音量を耳でそろえてから比べてください。大きさの差を外すと、開きの差や主役の立ち方の差が、はじめて中身として見えてきます。
フェーダー、EQとコンプレッサー、リミッター。この仕上げの並びが、曲作り全体のどこに置かれているかは、制作工程マップで前後の工程ごと確認できます。
確認する順番の一覧
上から順に見て、次の一手を決めます。
| 順番 | 見る場所 | 分かること | 次の一手 |
|---|---|---|---|
| 0 | マスターのメーター(サビ) | ピークがどこまで来ているか、平均との開き | 開きが大きければ、各トラック側へ |
| 1 | 各トラックの音量差 | ピークを作るトラックと、平均を作るトラック | ピーク側を少し下げて余白を作る |
| 2 | ピークの原因(ミュートで特定) | 一瞬だけ跳ねる音がどれか | ベロシティやその音のフェーダーで下げる |
| 3 | リミッター | 天井を決めて全体を持ち上げる | 打点が平らになったら戻す |
| やらない | マスターフェーダーだけ上げる | 余白の分しか上がらず、赤が点く | 0〜3を先にやる |
よくある疑問
マスターのメーターは天井近くまで振れているのに、なぜ小さいのですか
メーターが示すピークと、耳が感じるラウドネスが別物だからです。瞬間の最大値は天井でも、平均が低ければ小さく聞こえます。ピークと平均の開きを、各トラックの側で縮めます。
マスターフェーダーを上げてはいけないのですか
上げる前に見る場所がある、という順番の話です。各トラックの音量差とピークの原因を先に整え、最後にリミッターで天井を決めます。赤ランプが点いたら、それは戻すサインです。
どのトラックがピークを作っているか分かりません
サビをループ再生しながら、トラックを1本ずつミュートして、マスターのピークがどれだけ下がるかを見ます。大きく下がったトラックが原因です。多くの場合はドラムの打点か、キックとベースの重なりです。
最初からリミッターを挿しておいてはだめですか
開きが大きいままだと、リミッターは数か所の跳ねを止めるだけで、全体はほとんど上がりません。各トラックの側で余白を作ってから、最後に挿す順番のほうが、同じ大きさでも平らになりにくいです。
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ゲイン・フェーダー・パンが何をするつまみで、最初はどこに置けばいいのか。メーターの数字はどこを見ればいいのか。1枚にまとめた早見表(PDF)と、書き出す前に確認する6項目のチェック表を、MIDI素材と一緒に無料でお送りしています。
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