マスター音量が小さい時の確認手順

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
一つ一つのトラックのメーターはちゃんと振れているのに、曲全体のマスターだけがなぜか物足りない。各パートは元気に鳴っているのだから、全体も大きいはずだと思うのに、出口の音量が伸びない。この食い違いには、はっきりした仕組みがあります。
結論を先に置くと、これは故障でも設定ミスでもなく、多くの場合は音の足し算の自然な結果です。仕組みが分かれば、どこを触れば全体が伸びるのか、そしてやってはいけない上げ方はどれか、迷わなくなります。
先に押さえること
全体だけ小さいのは、各トラックの合計がまだ控えめということです。
- マスターは全トラックの合計。一つずつが控えめなら合計も控えめ
- 一番音が重なるサビで、マスターのメーターがどこまで振れるか見る
- マスターフェーダーを上げてもバランスは直らず、割れやすくなる
- 上げるのは各トラック側。主役を立てて支えを下げると体感が伸びる
なぜ全体だけ小さいのか
出口の音量は、各トラックの足し算です。
マスターは、すべてのトラックを一つに合計して、スピーカーやヘッドホンへ送り出す最後の出口です。ここで鳴るのは、各パートを混ぜ合わせた結果の合計音量です。
だから、一つ一つのトラックを割れないように、余裕をもって控えめに作ると、その控えめさがそのまま合計にも反映されて、全体も控えめな大きさになります。
特にトラック数が少ない段階では、この傾向が強く出ます。
ドラムとベースと歌だけ、といった数トラックの状態では、音が重なる量が少ないので、マスターは大きく振れません。楽器が増え、音が積み重なっていくほど、合計は自然に大きくなっていきます。
裏を返すと、各トラックが割れておらず、マスターも割れずに小さめ、というのは、破綻していない健全な状態でもあります。
慌てて全体を持ち上げる前に、まず「これは壊れているのではなく、まだ積まれていないだけ」という可能性を先に外しておきます。
マスターのメーターで現状を見る
耳の印象の前に、振れ方を目で確かめます。
本当に全体が小さいのかは、耳の印象だけでなく、マスタートラックのメーターで確かめます。見るのは、曲の中で一番音が重なる場面です。
静かなAメロでメーターを見ても、そこが小さいのは当たり前なので判断になりません。全パートが鳴るサビを再生して、マスターのメーターが天井のどのあたりで止まっているかを見ます。
天井のかなり下でしか振れていないなら、確かに全体が小さい状態です。ここで、平均的にどのくらい振れているかと、瞬間的に跳ねるピークがどこまで行くかを分けて見ます。
ピークだけは高いのに平均が低いなら、一部の強い音だけが飛び出して、全体は伸びていないという形です。全体的に低いなら、単純に合計が足りていません。この見え方の違いで、次に触る場所が変わります。
もう一つ確認しておきたいのが、そもそも音を積む前の段階かどうかです。
作り始めの数トラックしかない状態は、合計が小さくて当然の場面で、ここで慌ててマスターを持ち上げると、後で楽器を足した時に一気に天井を越えてしまいます。全体が小さいと感じても、まだアレンジが薄いだけなら、音を足していく過程で自然に大きくなっていきます。持ち上げの操作に入るのは、パートがひととおりそろってからで間に合います。
上げる場所の順番
いちばんやりがちな一手が、いちばん遠回りです。
全体を大きくしたい時、多くの人が最初に手を伸ばすのがマスターフェーダーです。これは避けたい一手です。
マスターフェーダーは、混ざり終わった全部の音を最後にまとめて上下させるつまみで、上げれば数字は増えますが、トラック同士の力関係は何も変わりません。
小さい音が埋もれている問題は、埋もれたまま全体が持ち上がるだけです。しかもマスターを上げすぎると、今度は合計が天井にぶつかって割れます。
順番はこうです。
- まず、各トラックのフェーダーやクリップゲインで、余裕をもって作った一つ一つの音量を、必要なだけ持ち上げます。
- 次に、主役と支えの力関係を整えます。
- そして、それでもまだ全体が足りなければ、仕上げの工程でまとめて底上げします。
大事なのは、全部を一律に上げるのではなく、上げる場所を選ぶという発想です。
言い換えると、マスターは水が合流する川下で、各トラックは支流です。川下の水位だけ持ち上げようとしても無理があります。
触るのは、水を送り込んでいる支流の側です。
状態別の見方
メーターの振れ方から、原因の場所を読みます。
| マスターの振れ方 | 起きていること | 次の一手 |
|---|---|---|
| 全体的に天井の下で低い | 各トラックの合計が控えめ | 各トラックのフェーダーで持ち上げる |
| ピークだけ高く平均は低い | 一部の強い音だけ飛び出している | 飛び出した音を抑えて平均を上げる |
| トラックが数本しかない | まだ音が積まれていない | アレンジを足すと自然に伸びる |
| 上げると天井で赤が点く | マスター側で無理に上げている | 各トラック側へ戻して調整する |
| 特定のトラックだけ小さい | そのトラックの音量設定 | 該当トラックのメーターとフェーダーを見る |
主役を立てて大きく感じさせる
同じ音量でも、聞こえの大きさは変えられます。
各トラックを持ち上げる時、全部のフェーダーを一律に上げるやり方は効果が薄いものです。
全員が同じだけ大きくなると、力関係は変わらないまま、また同じ比率で天井が近づくだけです。ここで軸にしたいのは、全部を大きくするのではなく、主役以外を少し下げて主役を立てる、というミックスの考え方です。
歌やメインのメロディといった主役を基準に決め、それを支えるパートを少し下げて隙間を作ります。
すると、マスターの数字そのものは同じでも、主役がはっきり前に出て、曲全体が大きく前に迫って聞こえます。人が感じる大きさは、合計の数字だけでなく、何が前に立っているかで変わるからです。バランスを取る作業が、そのまま体感の音量を上げる作業になります。
数字の上での全体音量は、最後の仕上げやマスタリングの工程でまとめて整えれば十分です。
制作中は、各トラックを健全に積み上げ、主役を立てることに集中します。音出しから完成までの各工程で音量をどう扱うかは、制作工程マップに全体像として整理しています。
よくある疑問
各トラックは動いているのにマスターだけ小さいのはなぜですか
マスターは全トラックを合計した出口です。一つずつを余裕をもって作ると、その控えめさが合計にも出て全体が小さくなります。トラック数が少ないうちは重なりも少なく、マスターは伸びにくくなります。多くの場合これは故障ではなく健全な状態です。
マスターフェーダーを上げれば解決しますか
数字は増えますが、トラック間のバランスは変わりません。上げすぎると天井にぶつかって割れます。先に各トラック側の音量を持ち上げ、それでも足りない分だけを最後に足すのが順番です。
どこのメーターを見ればいいですか
全体の大きさを確かめる時はマスターのメーターを見ます。一番音が重なるサビを再生し、天井のどれくらい下で止まっているかを確認します。特定の音だけ小さい時は、そのトラックのメーターとフェーダーを見ます。
全部のトラックを同じだけ上げてもいいですか
一律に上げると同じ比率のまま天井が近づくだけで、聞こえの印象は変わりません。主役を基準に決めて支えを少し下げるほうが、同じマスター音量でも主役が前に出て大きく感じます。
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