モニター音量が小さい時の確認手順

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
夜、気持ちのいい音量でミックスを仕上げた。翌朝、小さい音で聞き返すと、ベースは消え、歌はやけに前に出て、昨日の判断が全部ずれている。耳が悪くなったわけではありません。大きい音量で聞くと低音と高音が実際より豊かに聞こえる、という耳の性質にだまされていただけです。
だから、バランスを決める時のモニター音量は、小さめが基本です。なぜ小さい音量のほうが判断が正確なのか、小さい音量で何を基準にバランスを取るのか、ヘッドホンとスピーカーをどう使い分けるのか。順番に見ていきます。
先に見ること
バランスの判断は、小さいモニター音量で行うほうが正確です。
- 大きい音量では低音と高音が実際より良く聞こえ、判断がずれる
- 会話ができる程度の音量で、ドラムと歌が聞こえる状態を基準にする
- 作業中の音量つまみの位置を固定し、毎回同じ位置で聞く
- ヘッドホンで細部、スピーカーで全体。小音量の検査はスピーカーが向く
大きい音量は低音と高音を良く聞かせる
耳は、音量によって帯域の感じ方が変わります。
人の耳は、すべての高さの音を同じ感度で聞いているわけではありません。小さい音で聞いている時は、真ん中の高さ(人の声のあたり)が一番よく聞こえ、低い音と高い音は聞こえにくくなります。
音量を上げると、この低い音と高い音の聞こえが急に持ち上がります。真ん中は元から聞こえているので、上げても変化は小さい。結果として、大きい音量ではベースは太く、シンバルは華やかに、曲が「良く」聞こえます。
ここが落とし穴です。曲が良いのではなく、音量が良く聞かせています。
大音量で作業していると、ベースが足りないと感じることは少なくなります。足りているように聞こえるので、そのまま仕上げる。小音量に戻すと、ベースは消えています。逆にAメロの歌は、大音量では低音と高音に囲まれて埋もれやすく、上げすぎになります。
「翌朝聞くと崩れている」の正体は、これです。昨日の耳がおかしかったのではなく、昨日の音量が判断をずらしていました。
もう1つ。大きい音は気持ちがいいものです。気持ちよさは判断を鈍らせます。長時間聞くと耳が慣れて感度が下がり、さらに上げたくなります。この循環に入ると、判断はどんどん実際から離れていきます。
小さい音量で判断が正確になる理由
小さい音で成立するバランスは、大きくしても崩れません。
小音量では、低音と高音の「おまけ」が外れます。残るのは、真ん中で鳴っている音の力関係です。歌、スネア、ギターのコード、ベースの芯。ここで成立していれば、音量を上げても低音と高音が足されるだけで、土台は崩れません。
逆は成り立ちません。大音量で成立したバランスは、小音量に戻すと土台が抜けます。だから判断は小さい音で行い、大きい音は確認に使います。
聞く側の環境を考えても同じです。スマホのスピーカー、イヤホン、車、店内のBGM。多くは小さい音か、低音がほとんど出ない環境です。小音量で歌とリズムが聞こえる曲は、どこで鳴っても成立します。
ここで判断の軸になるのが、レッスンで使われている「歌ものでは、ドラムとボーカルが聞こえる状態を先に作る」という考え方です。コードやパッドを気持ちよく上げすぎると、主役が奥に下がる。この崩れ方は、大音量ではまず気づけません。パッドの低音も高音も豊かに聞こえて、主役が後退したことが隠れるからです。
小音量は、「ドラムと歌が聞こえているか」を一番厳しく検査できる音量です。ここで2つが立っていれば、その曲はどの環境でも骨格が残ります。
小音量は耳が疲れにくいので、判断できる時間も長くなります。同じ1時間でも、大音量の後半は判断になっていません。
小音量でバランスを取る手順
音量を決めてから、主役、土台、飾りの順に聞きます。
- 音量を決める。目安は、隣の人と普通の声で話せる程度です。聞こえないほど小さくはせず、部屋の外に漏れない程度に。上げ下げは、DAWの中ではなく、オーディオインターフェースやスピーカー、ヘッドホン側のつまみで行います。曲の中の音量は触りません。
- ドラムと歌が聞こえるか。サビを再生して、歌詞が聞き取れるか、キックとスネアの打点が分かるかを確かめます。どちらかが消えていたら、消えた側を上げるのではなく、覆っている側(パッド、コード、ギター)を下げます。
- ベースは「いる」と分かるか。小音量では、ベースは細く聞こえて当然です。太く聞こえる必要はなく、音程の動きが追えれば足りています。ここで太くしようと上げると、大音量で膨らみます。
- 飾りは「消えかける」高さに。アルペジオや効果音は、小音量で聞こえなくなりそうなくらいで置きます。音量を上げれば十分に出てきます。
- 一度だけ上げて確認する。判断を終えてから、普段より大きめで一度だけ通して聞きます。低音が膨らみすぎていないか、痛い音が出ていないかを確かめ、すぐ戻します。大音量は確認、小音量が判断です。
- 別の環境で答え合わせ。書き出して、スマホやイヤホンで聞きます。ここでも歌とリズムが残っていれば、小音量の判断は当たっています。
手順の2から4は、低い音域から高い音域へ順に聞く、というミックスの並びをそのまま小音量でなぞったものです。土台が見えてから、上に乗る音を判断します。
音量と聞こえ方の一覧
どの音量で何をするかを、先に分けておきます。
| 再生音量 | 低音と高音の聞こえ | 向いている作業 | 起きやすい間違い |
|---|---|---|---|
| 小さい(会話ができる) | 控えめ。真ん中が中心に聞こえる | 音量バランスの判断、歌とドラムの検査 | ベースが細く聞こえて上げすぎる |
| 中くらい(普段音楽を聞く) | ほぼ普段どおり | 通し聞き、曲の流れの確認 | 長時間で耳が慣れ、つい上げる |
| 大きい(気持ちがいい) | 実際より豊かに聞こえる | 低音の膨らみと痛い音の最終確認。短時間だけ | 低音と高音を足りていると誤認し、歌を上げすぎる |
| 極端に大きい | 歪んで聞こえる | 使わない | 耳の疲労で判断できなくなる |
ヘッドホンとスピーカーの使い分け
見えるものが違うので、役割で使い分けます。
ヘッドホンは、耳のすぐそばで鳴るので、部屋の影響を受けません。小さい音、混入したノイズ、左右の配置、細部が見えます。
ただし、小音量の検査としては甘くなりがちです。低音が耳に直接届くので、小さくしても低音が聞こえやすい。左右が完全に分かれるので、実際より広く感じ、歌も中央にはっきり立って聞こえます。ヘッドホンで「歌が聞こえる」は、スピーカーで「歌が聞こえる」より、少し楽な条件です。
スピーカーは、部屋の空気を通って耳に届きます。小音量にすると低音が素直に落ちるので、真ん中の力関係がむき出しになります。小音量の検査は、スピーカーのほうが向いています。
一方で、部屋の形によって低音が増えたり減ったりします。置き場所や座る位置を変えると判断も変わるので、作業中は動かさないことが前提です。
使い分けは、こうなります。バランスの判断は、小音量のスピーカー。細部の点検(ノイズ、クリック音の混入、左右の振り分け)はヘッドホン。スピーカーがない場合は、ヘッドホンで小音量にして判断し、低音だけは「実際より聞こえている」と見積もって、少し控えめに置きます。
切り替える時の注意が1つあります。オーディオインターフェースは、ヘッドホンとスピーカーで出力のつまみが別になっていることが多く、切り替えると音量も変わります。切り替えたら、まず音量をそろえ直してから聞いてください。そろえないと、機材の違いを聞いているのか、音量の違いを聞いているのか分からなくなります。
音量つまみを固定する
音量が同じでなければ、昨日の判断と今日の判断を比べられません。
小音量で判断すると決めたら、そのつまみの位置を固定します。テープで印をつけても、写真を撮っておいても構いません。バランスを判断する時は、必ずその位置で聞きます。
昨日と今日で音量が違えば、判断が違って当然です。同じ位置で聞いていれば、変わったのは曲のほうだと分かります。比較の基準を持つことが、耳を育てる一番の近道です。
つい上げたくなるタイミングは決まっています。盛り上がるサビ、気に入ったフレーズが出てきた時、疲れた夕方。上げたら「確認に切り替わった」と自覚して、判断は元の位置に戻してから行います。
耳が疲れたと感じたら、音量を下げるのではなく休みます。疲れた耳で下げても、判断は戻りません。
小音量での確認は、フェーダーで音量バランスを決める工程と一体です。この確認が曲作りのどの段階で入るのかは、制作工程マップで全体の流れの中に置いてあります。
よくある疑問
どのくらいの音量が「小さい」ですか
隣の人と普通の声で話せる程度が目安です。数字で決めるより、その位置を固定して毎回同じ音量で聞くことのほうが大切です。判断の基準は、音量が同じでなければ比べられません。
小さい音量だとベースが聞こえません
細く聞こえるのは耳の性質で、消えているわけではありません。音程の動きが追えていれば足りています。ここで太くしようと上げると、大きい音量で膨らみます。太さの確認は、一度だけ音量を上げて行います。
ヘッドホンしかない場合はどうしますか
ヘッドホンでも小音量で判断できます。ただし低音は実際より聞こえやすいので、少し控えめに置くと見積もってください。書き出してスマホのスピーカーで聞く答え合わせを、必ず入れます。
大きい音量で聞いてはいけないのですか
短時間の確認なら有効です。低音の膨らみや、耳に痛い音が出ていないかを確かめる用途に向いています。ただし判断は小音量に戻してから行い、上げたままで作業を続けないようにします。
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