センド・リターンの基本

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
リバーブを使いたいトラックが5本あるとき、5本全部にリバーブを挿していませんか。動きはしますが、パソコンは重くなり、響きの調整は5か所に散らばります。
この問題を一気に解決する配線が、センドとリターンです。
たとえるなら、共有のエフェクト部屋です。各トラックが自分の音のコピーをその部屋へ送り(センド)、部屋で響きになった音が戻ってくる(リターン)。
仕組み、インサートとの違い、送り量での調整までを順に見ていきます。
先に見ること
センド・リターンは、1つのエフェクトをみんなで共有する配線です。
- エフェクト専用トラックを1本作り、各トラックから音を送る
- インサートとの違いは、元の音を変えずコピーを送ること
- 利点は響きの統一感、調整の一元化、動作の軽さ
- かかり具合はトラックごとのセンド量で個別に決める
センド・リターンは「共有のエフェクト部屋」
音を送って、響きだけ返してもらう配線です。
センド・リターンは、エフェクトそのものの名前ではなく、エフェクトへの音のつなぎ方の名前です。
まず、リバーブなどを挿した専用のトラックを1本作ります。DAWによってFXトラック、リターントラック、AUXなどと呼ばれる、音の帰り道になるトラックです。
各トラックには、センドという送り口が用意されています。ここを開くと、そのトラックの音のコピーが、指定した量だけエフェクト専用トラックへ流れ込みます。
送られた音は響きに変換されて、元の乾いた音と一緒に曲へ混ざります。
マンションの共有ラウンジを思い浮かべてください。各住人(トラック)は自分の部屋で暮らしたまま、必要な時だけラウンジ(リターン)を使う。
ラウンジは1つなのに全員が使える。これがこの配線の核心です。
名前の由来もそのままで、送る操作がセンド(send)、帰り道のトラックがリターン(return)です。横文字が2つ並ぶと構えてしまいますが、行きと帰り、それだけの話です。
インサートとの違い
音の通り道が根本から違います。
インサートは、そのトラックの音を丸ごとエフェクトに通すつなぎ方です。通り道の途中に機材を割り込ませるので、トラックの音自体が加工後の状態に置き換わります。
EQやコンプのように、音そのものを作り替えたい処理に向いています。
センドは、元の音に手を触れません。コピーを別の場所へ送り、乾いた元の音と、返ってきた響きを並べて聞かせます。だから元の輪郭を保ったまま、響きの量だけを後から自由に増減できます。
使い分けの目安ははっきりしています。
音を直す・作り替える処理(EQ、コンプ、歪み)はインサート。複数のトラックにかけたい空間の響き(リバーブ、ディレイ)はセンドで共有。
この整理だけで、どこに何を挿すか迷う場面はかなり減ります。
喫茶店で例えるなら、インサートは各テーブル備え付けの調味料、センドは店の中央にある共用のコーヒーメーカーです。
自分の皿の味付けは手元で、全員に行き渡らせたいものは1台から。どちらが上等という話ではなく、届けたい範囲が違うのです。
共有する3つの利点
響きがそろい、調整が1か所になり、動作も軽くなります。
一番の利点は響きの統一感です。ボーカル、コーラス、スネアを同じリバーブへ送ると、全員が同じ部屋で鳴っている響きになります。
トラックごとに別々のリバーブを挿すと部屋の性格がバラバラになり、混ぜた時にどこか嘘くさい空間になりがちです。
| 比べる点 | 各トラックに個別に挿す | センドで共有する |
|---|---|---|
| 響きの質 | トラックごとに部屋が違い、まとまりにくい | 全員が同じ空間で鳴り、統一感が出る |
| 設定変更 | 挿した数だけ同じ修正を繰り返す | リターンの1か所を直せば全体に反映 |
| パソコンの負担 | リバーブの数だけ重くなる | 本体1つ分で済む |
| かかり具合の調整 | 各エフェクトのMixを個別に操作 | センド量のつまみで直感的に増減 |
リバーブは計算量の大きいエフェクトなので、トラックが増えるほどこの差は効いてきます。曲が大きく育つ前提で考えるなら、共有を基本形にしておくほうが後で楽です。
送り量で遠近感を作る
同じ部屋にいながら、音ごとに距離を変えられます。
この配線のもうひとつの持ち味が、センドの送り量です。共有しているのはリバーブ本体だけで、どれだけ深くかかるかはトラックごとに独立して決められます。
送り量が多い音ほど響きの割合が増え、奥にいるように聞こえます。少ない音は手前に残ります。
つまり送り量のつまみは、実質的に音の距離を決めるつまみです。
主役のボーカルは控えめに送って手前へ、コーラスは多めに送って一歩後ろへ。これだけで、平面だったオケに前後の奥行きが生まれます。
耳での基準も距離で考えると分かりやすくなります。この音を何歩下げたいかを先に決め、送り量を上げて、意図した距離まで下がったら止める。
音量フェーダーを触らずに遠近だけを動かせるのが、この方式の気持ちいいところです。
調整には二段構えの考え方が役立ちます。
個々の音の距離はセンド量で、曲全体の響きの総量はリターンのフェーダーで。役割を分けておけば、「あの音だけ手前に」も「全体をもう少しドライに」も、触る場所に迷いません。
よくある失敗
リターン側の設定と、送りっぱなしに注意します。
一番多いのは、リターンに挿したリバーブのMix(ドライとウェットの混合)を初期設定のままにすることです。
センドで使う場合、乾いた音は元のトラックから鳴っているので、リターン側は響きだけ、つまりウェット100%にします。
ここに乾いた音が混ざると、同じ音が二重に鳴って、音がにじむ、音量が合わない、という不可解な症状の原因になります。
次に多いのが、いろいろなトラックをなんとなく送り続けて、全体が響きすぎることです。
1本ずつの送りは薄くても、合計すればラウンジは満員になります。
迷ったらリターンのフェーダーを一度ぐっと下げ、響きのない状態と聞き比べてから、必要な分だけ戻します。
レッスンでは、制作に入る前に使いそうな音源を先に立ち上げておくと途中で止まりにくい、という段取りが語られます。
同じ発想で、リバーブのリターンも曲の最初に1本作っておくと、ミックスのたびに配線を組み直さずに済み、いつでも送るだけで試せる状態が保てます。
10分でできる試し方
2本のトラックで体験するのが早いです。
DAWでエフェクト用のトラックを1本作り(Cubaseの場合はFXチャンネルという名前です)、付属のリバーブを挿して、Mixをウェット100%にします。これで共有部屋の完成です。
次に、ボーカルとコーラス(なければピアノなど、どれか2本)のセンドを開き、同じリターンへ送ります。片方は薄く、もう片方は深く送って再生してください。
同じ響きの中で、2つの音の距離だけが変わって聞こえるはずです。
最後に、リターンのリバーブの種類をホールからルームへ変えてみます。1か所の変更で、送っている全部の音の空間が一度に切り替わります。
この体験をすると、共有の意味が言葉ではなく耳で理解できます。この配線がミックスのどの段階の話なのかは、制作工程マップで位置を確認できます。
よくある疑問
リバーブはセンドとインサートのどちらでかけるべきですか
複数のトラックにかけたい、後から量を個別に変えたい場合はセンドが向いています。1トラックだけに特殊な響きを付ける狙いならインサートでも問題ありません。迷ったらセンドから始めるのが整理しやすいです。
リターン側のリバーブをウェット100%にするのはなぜですか
乾いた元の音はもとのトラックから鳴っているからです。リターン側にも乾いた音が混ざると、同じ音が二重に鳴って、にじみや音量の食い違いの原因になります。リターンは響きだけを返す係にします。
1本のトラックから複数のリターンへ送れますか
送れます。リバーブ用とディレイ用のリターンを並べて、同じボーカルから両方へ送るのは定番の形です。ただし最初はリターン1本で、送り量の感覚をつかんでから増やすのがおすすめです。
全体が響きすぎている時はどこを下げますか
トラックごとの犯人探しの前に、リターンのフェーダーを下げます。曲全体の響きの量を一括で減らせるので、ちょうどいい位置を見つけてから、個別の送り量を整理します。
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リターンへ送る前の、各トラックの整え方を学べます。