MIDIキーボードはDTM初心者に必要か

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
結論から書くと、MIDIキーボードがなくても曲は作れます。DAWにはピアノロールという、音符をマウスで置いていく画面があり、コードもドラムもメロディもそこで打ち込みできます。
「鍵盤が弾けないから、まだDTMを始められない」という心配は、しなくて大丈夫です。
ただし、「なくても作れる」と「あっても役に立たない」は別の話です。
ここからは、MIDIキーボードがあると何が速くなるのか、鍵盤が弾けない人にも使い道があるのか、鍵数はどう考えるのか、買うならいつなのかを順番に整理します。
先に押さえること
MIDIキーボードは必須の機材ではなく、頭の中の音を外へ出す時間を短くする道具です。
- マウスの打ち込みだけでも1曲は完成できる
- 速くなるのは、フレーズ出し・音色確認・コードの試し弾き
- 鍵盤が弾けなくても「押さえて確かめる」使い方ができる
- 買うのは、打ち込みが遅いと感じ始めてからで間に合う
MIDIキーボードなしでも曲は作れる
最初に、必須ではない理由をはっきりさせます。
MIDIキーボードは、それ自体からは音が出ない鍵盤型の入力装置です。鍵盤を押すと「どの高さの音を、どのくらいの強さで、いつ押したか」という情報がパソコンへ送られ、DAWの中の音源がその情報を受け取って鳴ります。
つまり役割は、音を出すことではなく、音の情報をDAWへ渡すことです。
そして、この情報を渡す方法は鍵盤だけではありません。ピアノロールを開けば、マウスのクリックで同じ情報を1音ずつ置けます。
音の高さは縦の位置、長さは横の伸ばし方、強さも後から数値で変えられます。コード、ドラム、ベース、メロディまで、曲に必要な打ち込みはすべてマウスで完結します。
実際、商業の制作現場でもマウス入力は普通に使われています。細かいドラムのパターンや、機械的な正確さがほしいフレーズは、鍵盤で弾くよりマウスで置いたほうが速いことさえあります。
「マウス打ち込みは弾けない人の妥協案」ではなく、正式な入力方法の一つです。
だから、鍵盤が弾けないことはDTMを始めない理由になりません。迷っている段階なら、まず手元のマウスで4小節置いてみるほうが先です。
そのうえで、MIDIキーボードを足すかどうかは「速さ」の問題として考えます。次の章で説明します。
あると何が速くなるか
変わるのは作れる曲の質ではなく、思いついてから形になるまでの時間です。
レッスンでMIDIキーボードについて聞かれた時の答えは決まっていて、「鍵盤で上手に弾けるかより、頭のフレーズを外へ出せるか」で考えます。
上手な演奏を録るための道具ではなく、頭の中にある音を消える前に外へ出す道具として見ると、必要かどうかの判断が変わります。
速くなる場面は、大きく三つあります。一つ目はフレーズ出しです。
メロディが頭に浮かんだ時、マウスだと「この音かな」と1音ずつ置いては再生して確かめる作業になり、探しているうちに元のイメージがぼやけることがあります。鍵盤なら、間違えながらでも数秒で音を探れて、浮かんだ形が消える前にMIDIとして残せます。
二つ目は音色確認です。音源には何百という音色が入っていて、どれを使うか選ぶ作業が必ず出てきます。鍵盤を押しっぱなしにしながら音色を次々切り替えれば、聞き比べは一瞬です。
マウスだけだと、ノートを置いて、再生して、止めて、音色を変えて、また再生する、という往復になります。1回なら小さな差ですが、曲作りの間じゅう繰り返す作業なので、積み重なると大きな差になります。
三つ目はコードの試し弾きです。「ここはCの次にAmとFのどちらが合うか」を確かめたい時、鍵盤なら両方押さえて聞き比べるだけです。
響きを耳で選ぶ作業が軽くなると、コード進行を試す回数そのものが増えます。試す回数が増えることは、初心者の曲作りでいちばん効くところです。
逆に言うと、この三つの作業をまだやっていない段階、つまりDAWの音出しや保存で止まっている段階では、MIDIキーボードを足しても速くなるものがありません。
効果が出るのは、打ち込みという作業が生活の中に生まれてからです。
鍵盤が弾けない人の使い道
演奏できることと、使い道があることは別です。
「弾けないのに買っても無駄になるのでは」という心配には、DTMならではの答えがあります。DTMでは、演奏をそのまま完成品にする必要がないのです。
ここがライブ演奏との大きな違いです。
まず、テンポを落として録れます。原曲の半分の速さで、片手で、1音ずつ弾いても、DAW上では正しいテンポのデータになります。
次に、録った後に直せます。タイミングのずれはクオンタイズという補正機能でそろえられますし、押し間違えた音はピアノロールで正しい高さへ動かすだけです。
つまり、鍵盤の上で正解を出す必要がなく、だいたい合っていれば残りは後から整えられます。
和音が押さえられない人も、入口は狭くありません。たとえばC、F、Gの三つは、指の形としてはどれも「一つ飛ばしに3本置く」だけで、形を覚えれば数日で押さえられます。
三つ押さえられれば、コードの響き比べという使い道はもう成立します。
もう一つ、見落とされがちな使い道があります。MIDIキーボードは、鍵盤に慣れるための練習台にもなることです。
曲作りの合間にドレミの位置を確かめたり、打ち込んだメロディを自分の指でなぞってみたりするうちに、音の高さと鍵盤の位置が頭の中でつながっていきます。これは音楽を続けるほど効いてくる貯金です。
それでも鍵盤にどうしても苦手意識があるなら、無理に使わなくて構いません。頭の音を外へ出す入口は鍵盤だけではなく、鼻歌を録る方法も、マウスで置く方法もあります。
道具は入口の一つであって、関門ではありません。
25鍵・49鍵・61鍵の考え方
鍵数は性能の差ではなく、使い方と置き場所で決めます。
| 鍵数 | 向いている使い方 | 良いところ | 気をつけること |
|---|---|---|---|
| 25鍵 | 片手のフレーズ出し・音色確認 | 机の空きに置ける、持ち運べる、ノートPCの前でも邪魔にならない | 約2オクターブしかなく、両手や広い音域はオクターブ切り替えボタンで補う操作が増える |
| 49鍵 | コードとメロディの行き来・両手での試し弾き | 左手でコード、右手でメロディが同時に置ける。切り替え操作がほぼ不要 | 横幅がそれなりにあるので、机にキーボードとマウスと並べて置けるか先に測る |
| 61鍵 | 鍵盤の練習を兼ねたい人・弾ける人 | ポップスなら十分な音域。鍵盤の練習や演奏の録音にも使える | 設置場所が固定される。打ち込み補助だけが目的なら持て余しやすい |
迷ったら、判断の順番はこうです。まず机を見て、置ける幅を測る。次に、使い方を思い出す。
前の章の三つの場面、フレーズ出し・音色確認・コードの試し弾きのうち、片手で済むものが中心なら25鍵で足ります。左手でコードを押さえながら右手でメロディを探したいなら49鍵からです。
61鍵が生きるのは、鍵盤そのものの練習も兼ねたい場合です。
鍵数以外の要素、たとえばツマミやパッドの数は、最初の判断材料から外して構いません。使うかどうかは曲を作り始めてからでないと分からず、機能の数で選ぶと迷いだけが増えます。
買うタイミングの判断
迷っているなら、今日は買わずに始めるのが答えです。
順番をはっきりさせます。先にやることは、いま手元にある環境で短い曲を打ち込みしてみることです。無料のDAWとマウスがあれば始められます。
コードを4小節置き、ドラムを足し、メロディをのせる。この一周を経験すると、自分がどの作業で時間を使っているかが体感として分かります。
そのうえで、次のようなサインが出てきたら、買う時期です。
浮かんだメロディをピアノロールに置き終わる前に忘れてしまう。音色選びのたびにノートを置いて再生する往復が面倒になってきた。コードの響きを比べたいのに、比べる作業が重くて試す回数を減らしている。
どれも「頭の音を外へ出す速さ」が足りていないサインで、MIDIキーボードがまっすぐ解決してくれる不便です。
逆に、まだ音が出ない、保存の場所が分からない、という段階で買うのはおすすめしません。接続や設定という新しいつまずきポイントが一つ増えるだけで、曲は進まないからです。
機材は、不便を感じてから足すほうが、選ぶ基準も具体的になります。
買っても買わなくても、次にやることは変わりません。コードを置き、ドラムを重ね、メロディをのせて、1曲の形へ進めることです。
その流れで迷ったら、工程を1枚にまとめた制作工程マップを手元に置いて進めてください。
よくある疑問
鍵盤がまったく弾けなくても買う意味はありますか
あります。演奏を披露する道具ではなく、音を確かめる道具として使えます。片手でメロディを探す、コードを押さえて響きを聞き比べる、音色を切り替えながら鳴らす。どれも演奏の練習をしていなくてもできます。
マウスの打ち込みだけで1曲完成できますか
できます。ピアノロールにマウスで音符を置けば、コードもドラムもベースもメロディも入力できます。入力の速さは変わりますが、完成できる曲の内容が変わるわけではありません。
最初は25鍵で足りますか
片手でメロディを探す、音色を確認するという使い方なら足ります。両手でコードとメロディを同時に押さえたい場合は音域が狭く、オクターブ切り替えの操作が増えます。机に置ける幅と使い方で決めてください。
ピアノが弾けるようになってから買うべきですか
順番は逆で構いません。DTMでは正確な演奏をそのまま録る必要がなく、ゆっくり弾いて後から直せます。手元にあると、曲作りをしながら少しずつ鍵盤に慣れていけます。
無料配布|アンパンマン劇場版楽曲を手がけた作曲家の「制作工程マップ」
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