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古賀稔宏の作曲ノート作曲・編曲家のDTM制作ノート

DTMで作った曲の聞き返し方|直す場所を一つ決める

古賀稔宏のプロフィール写真

作曲・編曲家 古賀 稔宏

「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。

作った夜は名曲に聞こえたのに、翌朝聞いたら顔が熱くなった。DTMを続けていれば、誰でも一度は通る経験です。夜の自分と朝の自分、どちらの耳が正しいのかというと、答えは朝です。作業直後の耳は、何十回も同じ音を浴びて慣れきっていて、審査員の仕事ができなくなっています。

だから、自分の曲を自分で聞き返す作業には、ちょっとした技術が要ります。時間、環境、音量。この3つをずらして聞くと、DAWの前では見えなかった直す場所が浮かび上がります。そして見つけた場所は、全部いっぺんに直さず、1つだけメモして1つだけ直す。この記事はその具体的なやり方を順番に説明します。

先に見ること

聞き返しは「いつ・どこで・どの音量で聞くか」を変えるだけで精度が上がります。

  • 作業直後の耳は慣れきっていて、良し悪しを判定できない
  • ひと晩空けて、翌日の最初の1回を審査に使う
  • スマホスピーカーと小音量で、骨組みと主役をチェックする
  • 直す場所は聞きながら1つだけメモ。全部直そうとすると曲が壊れる

作業直後の耳は審査員になれない

悪いのは耳の性能ではなく、聞いた回数です。

2時間の作業の間に、同じ8小節を何十回再生したか数えたことはあるでしょうか。人の耳は、同じ音を繰り返し聞くほどその音を「そういうもの」として受け入れていきます。

最初は気になっていたベースのもたつきも、10回聞けば風景になります。香水を付けた本人だけが匂いに気づかなくなるのと同じ仕組みです。

もう1つ厄介なのは、作った本人の頭の中では、まだ入れていない音まで鳴ってしまうことです。ここにストリングスを足す予定、サビはもっと厚くする予定。

その予定込みで聞くので、今の音源が実際どう聞こえるかを、本人がいちばん把握できていません。

つまり、作業直後の「いい感じ」も「なんかダメ」も、どちらも信用できない感想です。

これは経験年数で解決する問題ではなく、耳の仕組みの問題なので、対策は聞き方の側でやります。時間、環境、音量。次の3つの節で、ずらし方を1つずつ見ていきます。

時間をずらす。翌日の最初の1回が本番

寝るだけで、耳は他人に近づきます。

いちばん簡単で、いちばん効果が大きいのがこれです。作業を終えたら曲を書き出して、その日はもう判断しない。

翌日、DAWを開く前に、書き出した音源を通しで1回だけ聞きます。この1回が、あなたの耳がいちばん他人に近い状態で聞ける、貴重な1回です。

ポイントは、最初の1回で感じたことをそのまま拾うことです。2回3回と聞き直すと、耳がまた慣れ始めて、初回の違和感がどんどん薄れていきます。

イントロ長いな、サビで盛り上がらないな。最初に思ったことが、リスナーが感じることにいちばん近い感想です。

寝かせる期間はひと晩で十分です。1週間も置く必要はありません。

空けすぎると、なぜこのコードにしたのかという作業の記憶まで消えてしまい、直す作業の効率がかえって落ちます。夜作って朝聞く。このリズムを習慣にすると、聞き返しが生活の中に自然に組み込まれます。

環境をずらす。スマホスピーカーで骨組みを聞く

貧弱なスピーカーは、優秀な検査装置です。

いつものヘッドホンで聞こえていた曲を、スマホの内蔵スピーカーで鳴らしてみてください。低音はほぼ消え、細かい飾りの音も埋もれて、メロディとリズムの骨組みだけが残ります。

ここで曲として成立しているなら、骨組みは合格です。逆に、何の曲か分からないほど痩せてしまうなら、飾りに頼りすぎているサインです。

レッスンでは、歌もののミックスはドラムとボーカルが聞こえる状態を先に作る、という判断基準を使います。

スマホスピーカーはこの検査にちょうど良くて、パッドやコードを気持ちよく上げすぎた曲は、小さいスピーカーで鳴らした瞬間に主役が奥へ引っ込んで聞こえます。主役がどの環境でも前にいるか。これが環境を変えて聞く一番の目的です。

余裕があれば、聞く場所も変えてみてください。

イヤホンを挿して外を歩きながら聞くと、机の前では気づかなかった間延びした場面で、意識が曲から離れる瞬間が分かります。自分が飽きた場所は、リスナーはもっと手前で飽きています。

音量をずらす。小さくすると主役が分かる

大音量は粗を隠し、小音量は粗を見せます。

音量を上げて聞くと、どんな曲でも迫力が出て、良い曲に聞こえます。これは危険な聞き方です。

判断に使うなら逆で、会話ができるくらいの小さな音量まで下げて再生します。小音量では迫力の化粧が落ちるので、それでも耳が追いかけるメロディだけが、本当に立っている主役です。

小音量チェックで見る点は2つです。

  • 1つ、メロディが最後まで追えるか。途中で聞き取れなくなる場面があれば、そこは伴奏がメロディを食っています。
  • 2つ、各場面の音量差が意図どおりか。サビで音が大きくなったと感じないなら、盛り上がりが音数だけで作られていて、量の差が付いていない可能性があります。

深夜に大きな音を出せない環境の人は、むしろ好条件です。

小音量での聞き返しを標準にして、週に一度だけしっかりした音量で全体の迫力を確認する。この配分の方が、毎日大音量で聞くより判断を誤りません。

聞き方別チェックポイント一覧

1回の聞き返しで全部やらず、日を分けて使います。

聞き方分かること直す場所のサイン
翌日の最初の1回リスナーに近い第一印象初回に感じた違和感がそのまま候補
スマホスピーカーメロディとリズムの骨組み何の曲か分からなくなったら主役不在
小音量再生主役の強さと場面の音量差メロディを見失う場面は伴奏過多
歩きながらイヤホン飽きる場面の位置意識が曲から離れた秒数をメモ
他人の曲と交互再生音の厚みと長さの相場自分の曲だけ間延びして聞こえる場面

直す場所は1つだけメモする

聞くのは今、直すのは後。役割を分けます。

聞き返しの最中にやることは、メモだけです。気になった瞬間に再生を止めてDAWを触り始めると、その日もまた冒頭ばかり作業して終わります。

曲は最後まで流したまま、気になった場所を「45秒、ベース大きい」「2回目のAメロ、長い」のように、位置と一言だけ書き留めます。

メモが5個10個と並んだら、その中から今日直す1つに丸を付けます。

選ぶ基準は、いちばん耳に引っかかったものです。理屈で選ぶより、聞いた瞬間に体が反応した違和感の方が、直したときの効果が大きいことが多いです。

残りのメモは捨てずに置いておき、次の聞き返しでまだ気になるかを確かめます。翌日には消えている違和感も、実は結構あります。

1つ直したら、また書き出して、また時間を置いて聞き返す。この一周が聞き返しの基本サイクルです。

遠回りに見えますが、1回の変更ごとに効果を確認できるので、曲は確実に前の版より良くなっていきます。

全部直そうとして壊す失敗

直すほど悪くなる時は、直し方が間違っています。

聞き返しで違和感を10個見つけて、その日のうちに10個全部直す。一見まじめな進め方ですが、これをやると高い確率で曲が壊れます。

ドラムを差し替え、コードを変え、メロディも動かした後の曲は、もう元の曲とは別物です。どの変更が効いて、どの変更が悪さをしたのか、切り分ける手段が残っていません。

違和感どうしがつながっていることも、まとめて直してはいけない理由です。ベースが大きいと感じた原因が、実はメロディの音域とぶつかっていただけ、ということはよくあります。

この場合、直す場所はどちらか片方で済みます。1つ直して聞き返すと、他のメモの半分が消えている。そんな経験を何度かすると、全部直す気が自然になくなります。

もう1つの保険は、直す前の版を必ず別名で保存しておくことです。

聞き返すたびに悪く聞こえるのは、多くの場合、曲が劣化したのではなく耳が粗に気づけるようになっただけです。前の版と聞き比べれば、進んだのか戻ったのかを事実で確認できますし、戻ったなら前の版からやり直せます。

聞き返して、1つメモして、1つ直して、また聞き返す。地味ですが、曲を仕上げる作業の正体はこの繰り返しです。

この繰り返しを工程全体のどこでやるのか、音出しからフルコーラス完成までの流れの中で確認したい人は、下の制作工程マップが地図になります。

よくある疑問

作った直後に聞き返すのは無駄ですか

無駄ではありませんが、その日の判断は当てにしないでください。作業直後は耳が曲に慣れきっていて、粗が聞こえなくなっています。直後の聞き返しは書き出しの確認までにして、良し悪しの判断は翌日の耳に任せると失敗が減ります。

どのくらい時間を空けて聞き返せばいいですか

ひと晩で十分です。翌日、その日最初に聞いた1回がいちばん正直な感想をくれます。1週間も寝かせる必要はありません。空けすぎると作業の記憶が消えて、直す気力の方が先になくなります。

スマホのスピーカーで聞く意味はありますか

あります。低音がほとんど出ない小さなスピーカーで聞くと、メロディとリズムの骨組みだけが残ります。そこで曲として成立していれば骨組みは合格ですし、何の曲か分からなくなるなら主役が弱いと分かります。

気になる場所が多すぎて1つに絞れません

全部メモしてから、いちばん耳に引っかかった1つだけに丸を付けてください。残りは消さずに次回へ回します。順番に1つずつ直せば数日で全部に手が届きます。一度に全部直すと、どの変更が効いたのか分からなくなります。

聞き返すたびに前より悪く聞こえます

耳が育って粗に気づけるようになった証拠で、曲が悪くなったわけではないことが多いです。直す前の版を別名で保存しておき、聞き比べてください。本当に悪くなっていたら前の版に戻ればよいだけです。

無料配布|アンパンマン劇場版楽曲を手がけた作曲家の「制作工程マップ」

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プロフィール

古賀 稔宏

ギター、ウクレレ、DTM(Cubase)、作曲技法、音楽理論を指導。14歳でギターを始め、同時に作曲も始める。ポップ、ロック、クラシックの要素を含む楽曲を得意とする。

商業音楽の制作・演奏に携わりながら、初心者が止まりやすい場所を制作工程に沿って整理している。