自宅ボーカル録音の環境作り|DTM初心者向け

作曲・編曲家 古賀 稔宏
「それいけ!アンパンマン」劇場版関連楽曲の作曲・編曲、Do As Infinity関連楽曲、アニメ楽曲、滝沢歌舞伎BGMなど、商業音楽の制作・演奏に携わる。
同じマイクで同じ歌を録っても、部屋が違えば録り音は別物になります。自宅のボーカル録音で音を悪くしている犯人は、多くの場合マイクの性能ではなく、部屋の反響と生活ノイズです。
幸い、この2つは工事なしで減らせます。布団やカーテンでの吸音、マイクを置く位置、録る時間帯の選び方。
賃貸の部屋でも今日からできる工夫を、効きの大きい順に並べていきます。
先に見ること
録り音は部屋で決まります。防音工事より先に、反響と生活音を減らします。
- 敵は「音漏れ」ではなく、部屋の反響と生活ノイズ
- 吸音は布団・カーテン・クローゼットの布で足りることが多い
- マイクは壁から離し、歌う正面に布を置く
- 環境を変えられないなら、マイク側をダイナミックに寄せる
音を悪くするのは反響と生活ノイズ
防音と吸音は別の話です。先に敵の名前をはっきりさせます。
自宅録音というと防音室を思い浮かべがちですが、防音は「外へ音を漏らさない、外の音を入れない」ための工事で、録り音の質そのものとは別の問題です。
録った声を聞いて「なんだか素人っぽい」と感じる時、その原因はたいてい部屋の反響です。壁や窓や床で跳ね返った自分の声が、ほんのわずかに遅れてマイクに入り、声の輪郭をぼやけさせています。
お風呂で歌うとよく響くのと同じ現象の、薄い版が普通の部屋でも起きていると考えてください。家具の少ないフローリングの部屋ほど強く出ます。
厄介なのは、一度録った声からこの響きだけを取り除くことはできない点です。響きを足すエフェクトはいつでもかけられるので、録る段階では響きのない乾いた声を狙うのが正解になります。
もう1つの敵が生活ノイズです。エアコンの送風、冷蔵庫のモーター、パソコンのファン、外を走る車。
歌っている間は意識に上りませんが、フレーズとフレーズの間の静かな部分にしっかり録れていて、ミックスで声を持ち上げた瞬間に一緒に浮かび上がってきます。
つまり自宅の環境作りは、反響を布で減らすことと、ノイズ源を録る間だけ黙らせることの2本立てです。どちらも、かかる費用はほとんどゼロです。
布で吸音する現実的な方法
専用の吸音材を買う前に、家にある布を総動員します。
吸音の道具は、実はもう家にあります。布団、毛布、厚手のカーテン、ハンガーに掛かった服。
布は音を吸う素材なので、マイクの周りを布の多い状態にするだけで、反響は聞いて分かるくらい減ります。
いちばん手軽なのは、カーテンを閉めて窓の近くで録ることです。窓ガラスは音をよく跳ね返すので、閉めるだけで硬い反射面が1つ布に変わります。
さらに効かせたいなら、歌う自分の正面側の壁に毛布を掛けます。声は口から出てマイクを通り過ぎ、正面の壁に当たって戻ってくるので、その壁を布にするのがいちばん効率的です。
服がぎっしり掛かったクローゼットを使う方法も、宅録では定番です。掛かった服は即席の吸音壁になり、狭い空間なら反響そのものが短くなります。
中に入って録るのは大げさに感じるかもしれませんが、扉を開けて、その中に向かって歌うだけでも効果があります。
レッスンでは、機材を増やす前に、今ある環境で録音できて聞き返せる状態を先に作ることを勧めています。
専用の吸音パネルやマイクの後ろに立てるリフレクションフィルターを検討するのは、布で一度録ってみて、それでも響きが気になった後で十分です。順番が逆になると、効果を比べる基準の音がないまま買い物だけが増えていきます。
マイクと壁の位置関係
何も買わずに音を変えられる、いちばん安い調整です。
同じ部屋でも、マイクを立てる場所で反響の乗り方は変わります。原則は2つだけです。
壁から離すこと。そして、硬くて平らな面と正面から向き合わないこと。
壁のすぐそばは跳ね返りが強く速く戻ってくる場所なので、マイクを部屋の中央寄りに立てるだけで響きは薄くなります。
歌う向きも決めておきます。窓や何もない壁に正対して歌うと、跳ね返った声がまっすぐマイクへ戻ってきます。
本棚、カーテン、クローゼットのように、表面が凸凹していたり布だったりする方向へ体を向けると、戻りが散って弱まります。前の章で「正面の壁に毛布」と書いたのは、この理屈です。
机にマイクを直置きするのも避けたい形です。天板が反射板になって、声が机で一度跳ねてからマイクに入ります。
スタンドで口の高さまで上げるか、卓上ならアームで天板から離す。それも難しければ、マイクの下に畳んだ毛布を敷くだけでも変わります。
録る時間帯とノイズ源の止め方
ノイズ対策の半分は、機材ではなくスケジュールです。
生活ノイズには、自分で止められるものと、時間帯でしか避けられないものがあります。止められる代表がエアコン、換気扇、加湿器、マイクの近くのパソコンのファン。
録音の間だけオフにして、終わったら戻す。これだけで、静かな部分に敷かれる「サー」という音の床がぐっと下がります。
止められないのが、外の交通、隣人の物音、家族の生活音です。こちらは静かな時間帯を選んで録るしかありません。自分の住まいがいつ静かになるかは、数日メモを取ればつかめます。
ただし深夜は、今度は自分の歌声が隣への騒音になる時間でもあります。声を張る曲は休日の昼、静かな曲は夜、と曲側を時間帯に合わせる考え方も使えます。
録る前の儀式として、10秒だけ無音のまま録音してヘッドホンで聞き返してみてください。耳が慣れて意識から消えていた冷蔵庫やファンの音が、はっきり聞こえてきます。
この10秒の確認を習慣にすると、録り終えた後で「ノイズが乗っていた」と気づいてやり直す事故がほとんどなくなります。
部屋の悩み別・対策早見表
自分の部屋に当てはまる行から、上のものだけ試します。
| 悩み | 主な原因 | 賃貸でできる対策 | 費用の目安 |
|---|---|---|---|
| 声が風呂場のように響く | 壁・窓の反射 | カーテンを閉め、正面の壁に毛布。布の多い場所で録る | 0円 |
| 「サー」というノイズが乗る | エアコン・換気扇・PCファン | 録音中だけ止める。マイクをパソコンから離す | 0円 |
| 外の車や生活音が入る | 窓・時間帯 | 窓を閉め、静かな時間帯に録る | 0円 |
| 布を使っても響きが残る | 部屋の広さ・材質 | クローゼットの前で録る。リフレクションフィルターを検討 | 数千円〜 |
| 何をしても環境音が消えない | 立地・建物の構造 | ダイナミックマイクに切り替えて口元を狙う | マイク代 |
環境を変えられない時のマイク選び
部屋を直せないなら、部屋を拾わないマイクにします。
工夫を重ねても、反響とノイズが残る部屋はあります。線路沿い、壁の薄いアパート、家族と共有のリビング。
その場合は発想を切り替えて、部屋を整える方向ではなく、部屋の音を拾わないマイクを選ぶ方向へ進みます。
具体的には、ダイナミックマイク寄りの選択です。感度が控えめで、口元の近い音を中心に拾うため、少し離れた場所で起きている反響や生活音は相対的に小さく録れます。
コンデンサーマイクは感度が高いぶん、部屋の状態がそのまま音に出ます。静かな部屋ではその繊細さが強みになり、騒がしい部屋では弱点になる。
マイクの優劣ではなく、部屋との相性の問題です。方式ごとの選び方はDTM用マイクの選び方で詳しく整理しています。
ダイナミックマイクは、口を近づけて歌うスタイルとセットで使うと効果がさらに上がります。マイクから見て、声はすぐ近く、ノイズは遠く。この距離の差が開くほど、声だけが前に出た録り音になります。
環境作りのゴールは、立派なスタジオを作ることではありません。自分の部屋で、聞き返せる声がいつでも録れる状態を保つことです。
部屋の条件そのものは変えられなくても、布、位置、時間帯、マイクという4枚のカードで録り音はまだ動かせます。声が納得できる形で録れたら、次はその声を1曲に仕上げていく工程です。
よくある疑問
防音室やボーカルブースは必要ですか
作品作りの入口では不要です。防音は近隣への音漏れ対策で、録り音の質は吸音とマイクの位置とノイズ管理でほぼ決まります。歌う音量が問題になる住環境なら、時間帯の工夫や声量を抑えられる曲から始める方法があります。
賃貸で壁に吸音材を貼れません
貼らなくても代用できます。突っ張り棒に毛布や厚手のカーテンをかける、服を掛けたハンガーラックを壁の前に置くなど、置くだけの吸音で十分に効果があります。原状回復の心配なく試せます。
クローゼットの中で録るのは変ですか
宅録では実際によく使われる方法です。掛かった服が吸音材の役割をして、狭い空間は反響も短くなります。中に入らなくても、開けた扉に向かって歌うだけで響きは減ります。
エアコンを止めると暑くて歌えません
曲全体を一気に録らず、数フレーズ録ってはエアコンを入れて休む、をくり返す方法があります。ノイズの少ない録音と体調の両方を守れます。夏場は録る時間帯を朝に移すのも有効です。
夜しか録音の時間が取れません
深夜は生活ノイズが減る良い時間帯ですが、今度は自分の歌声が隣への騒音になります。声量を抑えた曲やハモリ録りを夜に回し、張る曲は休日の昼に録るなど、曲と時間帯を組み合わせてください。
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